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心は自由で不自由だ

滅多に連絡がない兄(大阪在住)から、電話があった。聞くと野菜を作りたいそうだ。畑歴の長い父が色々と考えていると、どうやらマンションでプランターを使っての家庭内菜園らしい。いや私も色々想像してしまったよ。

心というのは不思議なものだ。1日の中で実に様々に揺れ動く。その振り幅が大きい人もいれば小さい人もいる。同じ出来事を経験しても、プラスに取る人もいればマイナスに取る人もいる。過程を経て最終的な感情や結論に達する場合もある。

私の父は公務員の役職時代、外部から怒られることが多かった。しかし何と彼は「怒られる」のが得意だったそうである。やり方はこうだ。①神妙そうに話を聞く②心の中では別のことを考える③そのうち相手も言うことがなくなってくる④終わり、という流れだ。私は②が出来なくて、つい心の中で反論してしまう。早くその境地に行きたいと思う。

檻の中(物理的閉鎖空間)にいても思考が自由な人はいる。自分の意志で自由に動けても、思考が不自由な人はいる。極端な話、自分次第ということだ。「これが唯一正しい考え方」なんてものはないが、「こう考えた方が幸せ」というのはあるだろう。自分の心は目に見えにくいもので、それが知らず知らずのうちに不幸を招くなんて、恐ろしい話だ。

どうしても心が不調な時はある。そんな時は「そういう時だ」と割り切るのも手だ。少し元気になってきたら、冒頭の兄の家庭内菜園はどうなっているだろうとか、心が楽しくなるような想像をしてみる。そしてそういうストックをいくつか持つのも、心の健康に繋がるのではないだろうか。

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