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雨の幻、私の雅号

大学時代、恩師と高円寺の安居酒屋で飲んでいる時の事だった。彼は唐突に「アナタにも、雅号がなけりゃいけません」と言った。
当時わたしは、小説で身を立てることを夢見ており、その日は新しく書いた小説を添削してもらうため、原稿を彼に渡したついでの酒席だった。曰く、連句をすると構成力が付くから翌週の連句の会に参加しろ、参加するからには名前がないと、という事らしい。
「ワタシの雅号から、雨の字をとって、アナタに似合いの名前をつけてあげましょう」
彼が逡巡している横で、わたしは「まだ参加するとも言っていないのになあ」などと思いながら、餃子を食べていた。指導しがいのない学生である。
暫くして、わたしが3つ目の餃子を頬張ったのと同時に、彼がポツリと「雨に幻で、うげん」と呟いた。そんなわけで、わたしの名前は雨幻になった。

その時は特に何も思わなかったが、彼が「似合いの名前を」と言ったことを後々思い出して、なんだか面映ゆいような気持ちになった。
彼はわたしに、そんなミステリアスなイメージを持っていたのだろうか。
迷い悩みながら書いていた、幼いわたしを、いったいどんな気持ちで見守っていてくれたのだろう。

そういえば、彼とは「いつかわたしの本が出たら、お祝いに解説の原稿をくださいね」という話をした事がある。「もちろん書きますよ、そんな事がもしあればね」と彼はからかい混じりに言い、わたしは「すぐですよ。きっと」と憎まれ口を返した。

けれど今のところ、彼からもらったのは「雨幻」という名前ひとつだけ。恩師に恩を返すのは、まだ少し先の事になりそうだ。

#エッセイ #自己紹介 #コラム #小説

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