父親と幽霊

子どものための教材づくりに日々奔走しているなおちゃんが、
取材と称して再会の機会を作ってくれて、
その帰りになおちゃんと息子と三人でタクシーに乗っていた。

出会った時からなおちゃんは明るくて楽しくて面白くて、
だからこちらも笑顔になって、毎回お腹を抱えて笑ってしまう。

生後七か月の息子もなおちゃんに懐いて、
タクシーの中ではなおちゃんの腕の中でスヤスヤ眠っていた。

息子が初めて長期間の下痢になり、
お尻かぶれがひどいことになり、
病院で処方された薬を塗っても悪化するばかりだった時、

父親が「病院の薬をやめて市販のワセリンにしてみよう」
と言ってくれてから、おしりかぶれが良くなったんですよ……

と話しながら、昨年の冬になおちゃんから、
お父様の訃報が届いたことを思い出していた。

なおちゃんは心遣いの塊のような人で、
相手に気遣わせまい、余計な時間を使わせまい、
心配かけさせまいというようなことを、
呼吸するように考えている人なので、

お父様の訃報を報せるLINEのメッセージはとても短くて、
前向きで明るかった。
でも当たり前だけれど隠し切れない悲しみに満ちていた。

「お父様、一周忌を過ぎましたか?」
と聞くと、
「そうですね」
となおちゃんは答えて、それから明るく「寂しいですね」と言った。

「私、父が死んだ日のこと話しましたっけ?」

二カ月ほど体の調子が良くなかったというお父様が
亡くなるその日の夜、
なおちゃんの携帯に実家から無言電話がかかってきたそうだ。

お父様は電話のかけ方も知らないような人なので、
お母様からかなと思って電話をかけ直すと、
お母様はかけていないとのこと。

胸騒ぎがしてその夜のうちに実家に帰ったそう。

お父さん、来週病院に行こうねなどと、
なおちゃんはお風呂に入る前にお父様に声をかけて、
その時お父様はたしかに生きていて、

お風呂から出てお父様の寝室を覗いた時に、
「あ、死んでるなってわかったんですよ」

「なので看取ったのか看取ってないのかよくわからないんですけど」

と、私に気遣わせない感じでなおちゃんは話した。


あぁ人は、そういう風にこの世から消えていくものなのか。
いつか私の父も、その日を迎える日が来るのだろう。

その時のなおちゃんの気持ちと、
いつか自分も体験しなくてはならない日のことを思い、
無言になった私の代わりになおちゃんは明るく続けた。

「私子どもの時、幽霊は怖いと思ってたんですけど、
今は父親の幽霊にとても会いたいなと思います。

よく考えたら幽霊って、
誰かにとってのとても会いたい人じゃないですか。
だから怖いとか言ってないで、さっさと会わせてあげればいいんですよね。

会いたいなぁ、お父さん」


幽霊は誰かにとっての会いたい人。

間違いない。


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