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散文詩集

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いつか咲く花へ

波がよせてまた返すように 返してはまた寄せるように 去りゆく人と 巡り合う人と そうして織り成されるこの世に 永久に続くものなど何処にもなく ひとつが終り ひとつが始まり そうして繰り返される 今日も明日も 私たちがここからいなくなったら その後この場所に 何が残るだろう 私たちがこの場所に背を向け それぞれの道を歩き始めた時 この場所は どんなふうに朽ちてゆくだろう 朽ち果てゆく中でそれでも ひとつくらい花は 咲くだろうか できるなら そんな日が来るなどと一片も思い煩

石ころの呟き

石蹴りはもう飽きたの 次は影踏み鬼 そうして散り散りになる 子供のはしゃぎ声もやがて遠のき、 小石はそのまんま 置いてゆかれて 斜めに射す冬の日差しが 小さい影を描く 冷え切った路上に まるでこの 石ころみたいだよ アスファルトの上 いつまでもどこまでも蹲って 気付いたら凍えてる 指先も 唇も 髪の先までも こんなに …何 言ってんの、ばかみたい そんなこと言うくらいなら さっさと自分で転がればいいじゃない 体を温めたいなら 自分で転がってみればいいじゃない あたた

手紙を 君へ

別に理由なんかない 不意に思ったんだ 真っ直ぐに ただ真っ直ぐに 手紙を書こう 君に 手紙を そう思った   元気ですか   ギター弾いてますか   今も唄ってますか そんな、 ありきたりすぎる言葉の前で立ち止まる 君と話したくて 君に手紙を書きたくて 立ち止まる 筆を持つ手が震えて うまく先へ進めないよ 一行書いては千切り、 千切ってはまた同じ一行を書き出し、 気づけば床は便箋の海 いつのまにか 窓辺に置きっぱなしにしたサボテンの 影が長く手元まで伸び 夕闇が忍び込む、開け

この星の上 ~ 縁

おのずと明ける夜はなく 夜を明かすのはこの 僕らだ おのずと繋がる縁などなく がらくたの中から拾い上げた一本の糸を 繋げたのはこの 僕と君だ 空の中で雲は砕け 海の中で波が砕ける 裂傷を描くかのように伸びる水平線は 君と僕を結ぶ 一本の 糸 今、繰り返すよ 僕が君に 君が僕に 投げつけてきた言葉たちを 掻き集めては投げ、 投げてはまた掻き集めて、 何度でも何度でも 繰り返すよ 僕と君との間に 幾重にも重なる時間の層は 幾重にも重なる言葉たちの屍 幾重にも重

識 閾

時計の音ばかりがひとり 響き渡る 地下道は一面 天井の 人口灯で照らし出され 足音を落としていったはずの 君の姿は見当たらず ただ晧晧と 無機質の壁 壁 壁 続く地下道   知らなくてもいいことがあったよ   幾つも幾つも   手を伸ばしてもいないのに   落ちてきた果実が   私の足元でやがて朽ち始め   還る土もないこの場所で   腐臭を放つ 窓も出口も消えた地下道ではいくら 時計が時を刻もうと 掴んだ砂のよう瞬く間に この掌から零れ落ちる この手から 零れ落ちる

地下鉄の花束

夜明けの地下鉄 花束を買う 自動販売機 幽かな音をさせて落ちてきた花束は 葉脈の先端までも冷え切って 冷気は握る私の掌から 背中へと抜けてゆく 覚めきらぬ晩の酔いを残し 走り出す車両に 朝日は射さず 何処までも何処までもトンネルの中 走り続ける あなた わたし 何処までも何処までも トンネルの 中 何処までも あなた わたし 花束 あなた わたし 花束 何処までも何処までも 熱を孕んで ああ 花束がとろけてしまう前に 地上に出よう 次の駅は 次の駅は 花束がと

69行の憂鬱

どうして抱いたの なんて、そんな問いは 無意味だ。だから君、もう僕にこれ以上 繰り返すのはやめてくれ。僕がここにい た君がそこにいた、僕と君その時それぞ れにここにいた、それより他に何がある というのか。夜は僕と君との境界線を曖 昧にする。夜という闇が境界線を曖昧に する。曖昧になった僕と君の境界線を、 僕が君の方へ、君が僕の方へ、それぞれ に一歩二歩踏み込んでみただけの話だ。 それを君はまるで僕が一方的に踏み込ん だかのような言い方をする。君がそうやっ て僕に自分の分までな

僕らの破片

あの朝 割れた鏡の破片を 君はもう捨てたかい? 僕の手が 君の手が 握っていた鏡は あの時の僕を あの時の君を あの頃の僕を あの頃の君を 映し込んではそのたび 時に光を 時に翳りを放った 僕らの鏡は 君の鏡の中に君はいて 僕の鏡の中に僕はいて 同時に 君の鏡の中に僕が 僕の鏡の中に君が いた そうして幾重にも僕らを焼き付けて 時に光を 時に翳りを放ちながら 鏡は僕らの手の中にあった 時にやさしげに 時に冷ややかに 時に饒舌に 時に沈黙でもって その時々の僕らを映し

距離感

わたしとあなたの 距離は適当に 聴こえたら返事して 聴こえたとだけ それ以上でもそれ以下でもなく どう好きか どう嫌いか なんて そんな説明はいらない あなたの好きと わたしの好きの輪郭は 決して完璧に 重なり合うことはないのだし わたしの嫌いとあなたの嫌いの輪郭も それもまた同じ 一枚の絵の前で ふたり きれいだね きれいよね そう言いながら あなたは絵の中の樹林を わたしは絵の中の大地を それぞれに目を細め 眺めてる きれいだね きれいよね そう云いながら私たち そ

波紋の唄声

君が駆けて来た 嬉しい嬉しい、と こんなことがあったんだ、と 身振り手振りいっぱいにして 君が 駆けて来た 待ち合わせた川縁 今日は しゃれた喫茶店へ行く予定になってたのも忘れて うれしいの話に夢中になっている君の 横顔を眺めながら 向こう岸からいっせいに 鳩が飛び立つ 空へ 君は 忘れてるんだろう 数ヶ月前、今日君がうれしいと喜んでいるそれと 似通ったことを 君が誰かにしてたこと 寝転んで見上げれば 空は蒼く蒼く蒼く 流れる川面には 君の 伸ばした爪先が 映ってる

「物語を」

物語を聴かせてあげよう どこにでもある、でも忘れられている物語を しぃっ、黙って、黙って聴いているんだよ でもその前に、そう、 目を閉じて 耳を澄まして そうしてじっと、じっとしていてごらん まず何が聴こえる? 閉じた目に何が浮かんだ? ろうそくをつけようか、一本 白い白いろうそくを おまえは目を閉じたままでいい 閉じたまま ろうそくの炎を思い浮かべてごらん 聴こえてきただろう? 炎の燃える音が その耳をそっと今度は その両腕で抱え込んだ足の内側に乗せてごらん 聴こえてきただ

「宛名の無い」

昨夜まで在った コンクリで堰き止められた川縁の 片側の泥地は 翌夕、訪れた今、その跡形もなく 消え去っていた 水位が上がっている 雨が降ったわけでもない 乾いた風の吹く 冬の直中で そう、昨夜 在ったはずの泥地に裸足で降り立ち 体重で沈み込む足跡を幾つも残しながら 行ける所まで行った、そして 投げ捨てた 宛名のないコトバの束は 今頃何処へ沈んだのだろう このまま水位が上昇し続け ヒトの生活を守るために造られた コンクリの堰を容易に越えて 溢れ出したなら 冬の夕暮は足早に

「真夜中のサイレン」

ふきこぼれる寸前で火を止める 真夜中のミルクは 妙に甘くなる 口中に拡がるその甘さにじっと 聞き耳を立てていると、やがて ソプラノ・リコーダーの音が 遠くからやって来る 笛吹の名前を尋ねるわけでもなく、いや、 果たしてそいつが名を 持つものなのかどうかも知らないが、知りはしないが、 わたしは 近づいてくるその音に、耳を澄ます 徐々に近づいてくるその音はいつか 二重、三重に厚みを帯びて それが四重奏に変わるその時 旋律の直中を サイレン音が横切る 月も星もない、ただ掌でくるめ

「黴」

冷え切ったコーヒーはどこか 血の味がする 何処にでも売っている剃刀の刃で昨夜 ぱっくりと切り裂いた左手首の割れ目から 溢れ出、そのままのカタチで 凍りついた 赤黒い血 かさぶたにもなれず、代わりに 妙な熱をもって 隠そうとまとった袖に擦れて余計に ひりつく傷口を 黴た舌で ぺろり と撫でた その味がする わざわざ出掛けた喫茶店で もう湯気も立たず、クリーム色のカップも冷めて 体温を吸い取ってゆくだけの液体は それでもカップの端に唇を寄せて ごくり と飲めば、そのまま胃の中へと