にのみやさをり

写真家。言の葉紡ぎ屋。 和して同ぜず。来るモノ時に拒み去るモノは拒まず。日々を淡々と過…

にのみやさをり

写真家。言の葉紡ぎ屋。 和して同ぜず。来るモノ時に拒み去るモノは拒まず。日々を淡々と過ごせますように。 愛読書:クリシュナムルティ、メイ・サートンの日記、長田弘、梨木香歩、小川洋子、上橋菜穂子、高村薫、桐野夏生、町田そのこ、山本周五郎ほか。

マガジン

  • 散文詩集

  • コラム/エッセイ

  • 写真関連

    写真家にのみやさをりのお仕事。

  • 五百字

    五百字で描く小さな世界。

  • 見つめる日々

    世界と自分とを、見つめ続けた「私」の日々綴り。陽光注ぎ溢れる日もあれば暗い部屋の隅膝を抱える日もあり。そんな日々を淡々と見つめ綴る。

最近の記事

この星の上 ~ 縁

おのずと明ける夜はなく 夜を明かすのはこの 僕らだ おのずと繋がる縁などなく がらくたの中から拾い上げた一本の糸を 繋げたのはこの 僕と君だ 空の中で雲は砕け 海の中で波が砕ける 裂傷を描くかのように伸びる水平線は 君と僕を結ぶ 一本の 糸 今、繰り返すよ 僕が君に 君が僕に 投げつけてきた言葉たちを 掻き集めては投げ、 投げてはまた掻き集めて、 何度でも何度でも 繰り返すよ 僕と君との間に 幾重にも重なる時間の層は 幾重にも重なる言葉たちの屍 幾重にも重

    • 識 閾

      時計の音ばかりがひとり 響き渡る 地下道は一面 天井の 人口灯で照らし出され 足音を落としていったはずの 君の姿は見当たらず ただ晧晧と 無機質の壁 壁 壁 続く地下道   知らなくてもいいことがあったよ   幾つも幾つも   手を伸ばしてもいないのに   落ちてきた果実が   私の足元でやがて朽ち始め   還る土もないこの場所で   腐臭を放つ 窓も出口も消えた地下道ではいくら 時計が時を刻もうと 掴んだ砂のよう瞬く間に この掌から零れ落ちる この手から 零れ落ちる

      • 地下鉄の花束

        夜明けの地下鉄 花束を買う 自動販売機 幽かな音をさせて落ちてきた花束は 葉脈の先端までも冷え切って 冷気は握る私の掌から 背中へと抜けてゆく 覚めきらぬ晩の酔いを残し 走り出す車両に 朝日は射さず 何処までも何処までもトンネルの中 走り続ける あなた わたし 何処までも何処までも トンネルの 中 何処までも あなた わたし 花束 あなた わたし 花束 何処までも何処までも 熱を孕んで ああ 花束がとろけてしまう前に 地上に出よう 次の駅は 次の駅は 花束がと

        • 69行の憂鬱

          どうして抱いたの なんて、そんな問いは 無意味だ。だから君、もう僕にこれ以上 繰り返すのはやめてくれ。僕がここにい た君がそこにいた、僕と君その時それぞ れにここにいた、それより他に何がある というのか。夜は僕と君との境界線を曖 昧にする。夜という闇が境界線を曖昧に する。曖昧になった僕と君の境界線を、 僕が君の方へ、君が僕の方へ、それぞれ に一歩二歩踏み込んでみただけの話だ。 それを君はまるで僕が一方的に踏み込ん だかのような言い方をする。君がそうやっ て僕に自分の分までな

        マガジン

        • 散文詩集
          102本
        • コラム/エッセイ
          45本
          ¥100
        • 写真関連
          22本
        • 五百字
          50本
        • 見つめる日々
          645本
          ¥500

        記事

          僕らの破片

          あの朝 割れた鏡の破片を 君はもう捨てたかい? 僕の手が 君の手が 握っていた鏡は あの時の僕を あの時の君を あの頃の僕を あの頃の君を 映し込んではそのたび 時に光を 時に翳りを放った 僕らの鏡は 君の鏡の中に君はいて 僕の鏡の中に僕はいて 同時に 君の鏡の中に僕が 僕の鏡の中に君が いた そうして幾重にも僕らを焼き付けて 時に光を 時に翳りを放ちながら 鏡は僕らの手の中にあった 時にやさしげに 時に冷ややかに 時に饒舌に 時に沈黙でもって その時々の僕らを映し

          距離感

          わたしとあなたの 距離は適当に 聴こえたら返事して 聴こえたとだけ それ以上でもそれ以下でもなく どう好きか どう嫌いか なんて そんな説明はいらない あなたの好きと わたしの好きの輪郭は 決して完璧に 重なり合うことはないのだし わたしの嫌いとあなたの嫌いの輪郭も それもまた同じ 一枚の絵の前で ふたり きれいだね きれいよね そう言いながら あなたは絵の中の樹林を わたしは絵の中の大地を それぞれに目を細め 眺めてる きれいだね きれいよね そう云いながら私たち そ

          波紋の唄声

          君が駆けて来た 嬉しい嬉しい、と こんなことがあったんだ、と 身振り手振りいっぱいにして 君が 駆けて来た 待ち合わせた川縁 今日は しゃれた喫茶店へ行く予定になってたのも忘れて うれしいの話に夢中になっている君の 横顔を眺めながら 向こう岸からいっせいに 鳩が飛び立つ 空へ 君は 忘れてるんだろう 数ヶ月前、今日君がうれしいと喜んでいるそれと 似通ったことを 君が誰かにしてたこと 寝転んで見上げれば 空は蒼く蒼く蒼く 流れる川面には 君の 伸ばした爪先が 映ってる

          「物語を」

          物語を聴かせてあげよう どこにでもある、でも忘れられている物語を しぃっ、黙って、黙って聴いているんだよ でもその前に、そう、 目を閉じて 耳を澄まして そうしてじっと、じっとしていてごらん まず何が聴こえる? 閉じた目に何が浮かんだ? ろうそくをつけようか、一本 白い白いろうそくを おまえは目を閉じたままでいい 閉じたまま ろうそくの炎を思い浮かべてごらん 聴こえてきただろう? 炎の燃える音が その耳をそっと今度は その両腕で抱え込んだ足の内側に乗せてごらん 聴こえてきただ

          「宛名の無い」

          昨夜まで在った コンクリで堰き止められた川縁の 片側の泥地は 翌夕、訪れた今、その跡形もなく 消え去っていた 水位が上がっている 雨が降ったわけでもない 乾いた風の吹く 冬の直中で そう、昨夜 在ったはずの泥地に裸足で降り立ち 体重で沈み込む足跡を幾つも残しながら 行ける所まで行った、そして 投げ捨てた 宛名のないコトバの束は 今頃何処へ沈んだのだろう このまま水位が上昇し続け ヒトの生活を守るために造られた コンクリの堰を容易に越えて 溢れ出したなら 冬の夕暮は足早に

          「宛名の無い」

          「真夜中のサイレン」

          ふきこぼれる寸前で火を止める 真夜中のミルクは 妙に甘くなる 口中に拡がるその甘さにじっと 聞き耳を立てていると、やがて ソプラノ・リコーダーの音が 遠くからやって来る 笛吹の名前を尋ねるわけでもなく、いや、 果たしてそいつが名を 持つものなのかどうかも知らないが、知りはしないが、 わたしは 近づいてくるその音に、耳を澄ます 徐々に近づいてくるその音はいつか 二重、三重に厚みを帯びて それが四重奏に変わるその時 旋律の直中を サイレン音が横切る 月も星もない、ただ掌でくるめ

          「真夜中のサイレン」

          「黴」

          冷え切ったコーヒーはどこか 血の味がする 何処にでも売っている剃刀の刃で昨夜 ぱっくりと切り裂いた左手首の割れ目から 溢れ出、そのままのカタチで 凍りついた 赤黒い血 かさぶたにもなれず、代わりに 妙な熱をもって 隠そうとまとった袖に擦れて余計に ひりつく傷口を 黴た舌で ぺろり と撫でた その味がする わざわざ出掛けた喫茶店で もう湯気も立たず、クリーム色のカップも冷めて 体温を吸い取ってゆくだけの液体は それでもカップの端に唇を寄せて ごくり と飲めば、そのまま胃の中へと

          「なにもかも話してあげる」

          なにもかも話してあげる  と、 憂いで潰れた眼差しの 中年をとうに過ぎた女が云う わたしがまだ物心つかぬうちから受けてきた傷の全てを 話してあげる、なにもかも  と、 疲労にまみれた私に云う その彼女の話を聞き得る耳が、私にまだ 残っているのかどうかを尋ねもせずに、その女が 云う 彼女の口から零れてくる言葉の合間合間に 時折掠れ声が混じり、また その哀れな人生にみずから涙を零しながら  私は、 耳を塞ぎたい衝動を抑え込みながら、 何とか耳を傾けようと試みる、彼女の眼をみつめな

          「なにもかも話してあげる」

          「喧 騒」

          私を突き刺してくるのは、街の喧騒で、それは どう足掻いても私ごときに止め得るものではなく 私は磔になったまま、突き刺され続けるしかない 誰のせいでもない 何のせいでもない ただ、 街が 怒っている 街が 憤っている これほどまでに踏み付けにされ続けている我が身に それがそのまま、街をふらつき歩く私を呑み込んでゆく それだけの話で 憤っているのはだから、ヒトなどではなく 苛ついているのはだから、ヒトなんかではなく 踏み付けられ続けるしかないこの ヒトに造られてしまった街の方なの

          映画「夜明けのすべて」に寄せて

          雨がしとしと降っているし、何となく映画館へ足が向いた。お財布も中身寂しい状態なのだけれど気になる映画をひとつ、観ることにした。「夜明けのすべて」。 淡々と、でも丁寧に日常が紡がれてゆく、そういう映像と音響で、劇的なものなど何もない日々。それでもたとえば主人公の片方はひどいPMS(月経前症候群)を、もう片方はパニック障害を抱えている。自分を持て余し、時に絶望したり時に怒り狂ったりしながら、少しずつ互いの距離が近くなってゆく。「僕、三回に一回は藤沢さん(上白石萌音)を助けられる

          映画「夜明けのすべて」に寄せて

          「数え唄」

          昨日の晩は もう今日の明け 時計の針が ぐるぐる廻る おかまいなしに ぐるぐる廻る だから私はいつのことやら 覚えておける 隙がない 今日は何の日 明日は何の日 今日はいつから 明日はどこから 昨日も今日も明日も明後日も みぃんな続いて 一続き 帯でも織りまひょか その糸で いったいどれだけ織れるやら ひぃふぅみぃ…… 数えていてもきりがない ひぃふぅみぃ…… やっぱり やっぱり きりがない ―――散文詩集「傾いた月~崩れゆく境界線」より

          「ただの一日」

          手首を切ろうとしたら もうそんな場所どこにもなかった 昨晩切った数箇所で もう左腕は 埋まってしまった 幾筋幾筋走る線は もう腕を埋め尽くしていた どうしよう どうしよう 心臓がどくどく鳴って どうしよう どうしよう 私を追い詰める 押し潰そうと襲いかかる どうしよう どうしよう どうしよう どうしよう 心臓がどくどく鳴って どんどん苦しくなってゆく その傍で 猫が泣く 開けっ放しの窓から吹き込んだ風に 乗って 飛んでゆく にゃあー んにゃあー 場所がない 場所がない どこに

          「ただの一日」