約束どおり、「花束みたいな恋をした」を一緒に見に行った。

20時からの上映に余裕をもって間に合うように、研究所を早めに出た。先に原付で駅へ向かったひとを追いかけるように自転車で向かったら、駅の自転車置き場がわからなくて迷ってしまった。最寄り駅周辺で迷子になるなんて情けないけど、ようやく自転車を置いて携帯を見ると着信とメッセージが来ていた。

「52ふん」
「次は20分後」
改札まで走っても間に合わない時間だった。もともとその次の電車に乗る予定だったから映画には間に合うけど、早く出た意味がなくなってしまった。改札前で会ったら「なんで歩いてこなかったんですか？いつもと違うことしようとしたらダメなんですよ、何でも。」と言われた。いつも通り歩いてこればよかったと思った。私はどうしていつもこうなのかな。

怒ってるわけじゃないのは分かってたけど、時間を無駄にさせたのが申し訳なくなって、電車に乗ったあとで少し泣いた。その人は「そんなことで泣かないで」と言った。疲れてた雰囲気が少し優しくなった。

映画館に着いた。お腹が空くからサンマルクのチョコクロワッサンを2人で急いで食べて、チケットを買った。待たせてしまったと思ったから自分が先にお金を払ったら、「払ってもらう義理はないから」と言って、その後の売店でメロンソーダを買ってくれた。SサイズなのにマックのＭサイズくらいの大きさだった。Mにしなくて良かったねって2人で笑った。

映画の中身についてはネタバレになってしまうのであんまり言わないことにするけれど、全体を通して私にはあんまりよく分からなかった。
リアルだなとは思ったけど、私はあんな恋愛してないし、することもないかなと思った。私の方がよっぽど「花束みたいな」恋をしてるんじゃないかなと思った。図々しいけど。

結局ラストでどちらかが死ぬんだろうと勝手に予想してたので、見る前から泣くのを覚悟していたけど、そんなこともなく2人とも最後までピンピンしてた。超ポップな音楽が流れるエンドロールだった。私が泣いたのは、焼きそばパンのくだりだけだった。

絹ちゃんが、2人で通った焼きそばパン屋さんが閉店してしまったことを麦くんに伝えた時、仕事で心身ともに忙殺されていた麦くんは「コンビニで買えばいいじゃん」とだけ返した。

絹ちゃんはそのメッセージをみてため息をついていたけど、私なら間違いなく号泣するし、なんならスクリーン越しのくせに号泣した。なぜなら私もそういう相手との些細な思い出を大切にしたい人だから。「今日こういうことがあったよ」と何でもかんでも相手に伝えてしまう人だから。そして、それを「そうかあ～」と穏やかに聞いてくれる人が好きだから。

見終わって駅まで歩いて帰っている時に、それを伝えてみたら、「僕もそういうこと言うタイプですね、『コンビニで買えばいいじゃん』。」と笑っていた。冗談なのかそうじゃないのかの判断がとっても難しかったけど、それが社会で働く大人の反応なのかなと思った。

地図も見ないでふらふら歩いて、なんとか駅に着いたけど、間違えて帰りたい方向と逆のホームの改札をくぐってしまったことに気がついた。小さな駅だったからホーム間の移動通路がなかった。1度出ようとしたけど改札がピーッと鳴ってホームから出ることが出来ず、遅い時間だったから駅員さんもおらずで、どこか他で降りてもう一度入り直すしかないねと話した。だから仕方なく逆方向の電車に乗ることにした。

帰りたい方向とは逆方向の電車に揺られながら、また映画の感想を話し合った。「〇〇さん(私)、花の名前をひとつ教えてください。」と言われた。映画の中で「男の子は、女の子から花の名前を教わると、生涯その花を見る度にその女の子のことを思い出す」ということを話すシーンがあった。

私は「いいけど、忘れられなくなりますよ。」と笑って、何の花を教えようかと考えた。思いついたのは、大人の身長くらいの堂々たる草丈に、赤やオレンジの花をつける植物だった。真夏の川辺で異様な生命力を放つその花たちを見て、「絶対に在来種じゃないよね」と言いながら2人で橋を渡ったことを思い出した。

その花はカンナという植物だった。原産地はやっぱり南アメリカで、川の近くの花壇に全く同じ花が植えられていたので、そこから逃げ出したんだろう。私は分かった次の日に急いで伝えた。去年の夏のことだった。

その人は名前は覚えていなかったが、花のことは覚えていたので、改めて「あれはカンナという花ですよ」と教えた。

そして「でも名前覚えても意味ないですね、カンナなんてふつう見ることないから。向こうに行っても私のことは思い出さないですよ。」と話した。こういう時は、ふつう道端に咲く健気な花の名前を教えるんだよね、間違えちゃったかなあ、と思っていると「向こうの川辺にも咲いてるかもしれないから」とその人は笑った。

最寄り駅に着きそうになっても、まだ映画の話をしていた。真っ白なお皿に2人分のそうめんがプチトマトと一緒に盛られて出てくるシーンで、「なんで夜ご飯が山盛り白米とトマトだけなの？」と不思議に思ったことを話したら、そのひとも全く同じことを思っていたらしくて笑ってしまった。直後に麺つゆが登場して二人で食べ始めたからそれがそうめんだと分かったけど、せめて蕎麦だったら色ですぐ分かったのにね、と話した。その人は蕎麦が食べたいと言った。夜ご飯がチョコクロワッサンだけで、2人ともお腹がすいていたことを思い出した。

電車を降りたあと2人でなにか食べようということになったけど、23時をすぎていたので最寄り駅周辺は牛丼屋すら閉まっていた。だからコンビニにざる蕎麦を買いに行った。時間が遅すぎてざる蕎麦弁当はなかったが、嬉嬉として乾麺と麺つゆを両手に別コーナーから現れた私を見て「茹でるの？ほんとに？こんな人いる？」とそのひとは笑った。そしてアイスをお互いひとつずつ選んでから、いつものじゃんけんをした。今日は私が勝ったから、お金はすべて払ってもらった。

お蕎麦を茹でて食べるために、そのひとのおうちに向かった。茹でてくれたお蕎麦を美味しいねって言って食べて、お風呂を借りたあと一緒にアイスを食べた。こういうのは、先週のお鍋会が最後になると思ってたのになあ。そして一緒のベッドであったかくして寝た。借りた服はとてもいい匂いがした。起きたあと、コンタクトを捨ててしまったので目が見えないと言ったら、使ってない眼鏡を貸してくれた。私はかなり目が悪いので、視界は変わらずぼやけていたけどいつもより朝日が眩しく感じた。

自転車の前カゴに、この前忘れて帰っていたらしいお気に入りの傘を積んで、家まで帰った。「次は何がしたいですか？」という帰り道の会話を思い出していた。そのひとが今すぐ叶えてしまわないように、私は「温泉旅行に行きたい」と答えた。これじゃあ成仏どころか地縛霊まっしぐらだよなあ、と思いながらペダルを踏んだ。本当はお花見もしたかったけど時間がないだろうな。
城下町の桜は咲き始めていた。