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僕は多分かなりマジメ




夜寝ている時にクーラーの温度を下げたら隣で寝てた君に怒られた。
今でも充分寒いのにって。

僕はTシャツ一枚で寝てるけど、暑いよ。
「長袖着れば?持ってこようか」ってキャミソール一枚で寝てる君に言ったら「Tシャツ脱げば?脱がせてあげようか?」って啖呵切られてそのまますぐ眠り込んだ。

十月初め。クーラーの設定温度は二十八度。
かすかに鈴虫、うるさいバイク、君の寝息。
汗ばんでる首筋をTシャツで拭っていると現代にワープしてしまったティラノサウルスみたいな気分に陥る秋の夜長。
脱がせてあげようかだって。
バカにしてるし、握られすぎている。

ティラノサウルスすらすら出てきたけど、でも言うほど好きじゃなかったな。
てゆうか恐竜自体にそんなにハマれなくてそんな自分が辛かったな。子供ん時。

絶対に僕から出てる物ではないと分かる甘い香りが鼻を通り抜け、視線は香りの発生源にたぐり寄せられる。

隣で寝ている装備不十分な生き物を暗がりのなか見つめている自分の目つきは、アンモナイト誕生以降、最も手に追えない生き物の光になる事を、子供の時の僕はまだ分からずに済んでいた。当たり前だけど。

細い肩紐がきつく掛かっている薄い肩が、小さく動いて安らいでいる。
人間はいつから食い殺される心配をせずに眠れることが可能になったんだろう。
君はいつから僕の横で僕を忘れるようになったんだろう。

やっぱり暑い。
Tシャツ脱げばって言うけど、脱いだら脱いだで自分のうるさい体温が直に来て余計暑苦しくなるのを、君は君の人生最後の日に辿り着いても多分、分かることは出来ない。

リモコンをそっと手に取り、恐る恐る一度下げる。
リモコンの鳴る音に今回は気づかずに静かに眠り続けている君の肩に、ずり落ちている布団をかけて、僕もその中にするりと潜り込む。

文明が人間を弱肉強食から庇護することに成功しても、自分自身の体にうずく化け物からは逃げきれず食い殺されて今なお無法地帯という驚愕。



細い肩紐に手をかける。
その手を君に柔らかく掴まれ、重心の弱い力であっさり振り払われた。
「今日は寝たい。あっちいって」

リモコンを手に取り(今度はわざとらしく乱暴に音を立てて)設定温度を二八度に戻す。
やけくそでTシャツを脱ぎ、枕に敷いて顔をうずめる。

君の落ち着いた寝息が聞こえる。
冷やかすように鈴虫。
車から流れるうるさい音楽。
なんっで。
なんっでこの重低音にしてその選曲なのよ。


汗臭いTシャツの中で声を大にして叫びたい。
強者というのは装備内容の精度ではなく、搭載内容の自覚で決まる。
もち合わせてないぜちくしょう。
ティラノサウルスとかこういう時どうしてたんだよ。


くしゅん、と暗がりにかわいいクシャミが登場する。
ボコボコに負傷している自らの体をゆっくり起こし、さっきずらした布団を君の肩にしっかりかけ直す。

そういえば君が寝る前、明日は早番だと言っていたなと、布団におさまった君の体を見つめながら思い出す。

なんだ、早番なら仕方ない。
君にバカにされてるし、握られすぎてる。
という事はつまり、僕も僕で君を思いのほか取り込めてるという事になるのかもしれない。
バカにする度に許されてるんだろうし、僕が懐を掴んでるから君に握られてるんだろうと、思えなくもない秋の夜長。
君の早番説が明らかになった途端、妙に晴れやかにあれこれ言い訳がましく納得させながら、汗臭いTシャツに大人しく顔を埋めてあまつさえそのままウトウトしてしまう僕って、哺乳類の中でも多分、かなり真面目。




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