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食、秋、

秋、食欲の秋。
それは、ただの「食欲」の秋ではない。
「果つる底なき無限の食欲」、そんな秋なのだ。

夏の間中、伸ばしっぽうけにしていた髪を切りに
近所の美容院へ行ったのは、
今年の秋が初めてこちらへ顔を向けた様な日だった。
長袖のノーカラーシャツ1枚で出かけた。

ここ数ヶ月の間、美容院をころころ変えている僕は、今回もはじめての美容院へ行く。

言ってしまえば馴染みの無い美容師と、
初来店の何とも知れない客の私。
その他愛もない会話。

何故か聞かれる好きな食べ物。

「僕の好きな食べ物はソーセージです。」
そう伝えると、
「意外な食べ物ですね。」と言う、
ダミ声のずんぐりむっくりで格闘技好きな美容師。

だから僕は、「ソーセージの美味しい。」について少し言葉を補足した。

「例えば焼肉を食った時の美味しいとか、
ハンバーグのうんまいだとか、
そういうのとはまたちがう、
ソーセージには、脳へ直接訴えかける何かがあって、
僕はそれに取り憑かれているんです。」

彼は話を合わせてくれて、
たしかにソーセージにはソーセージにしかないものがあると言っていた。

ビールをかっ喰らいながら、出来れば晴れた日の空の下、片手で持つには少し大きいグラスにたっぷり注がれたホワイトエールや、ヴァイツェンと共に、
程よくボイルされてよくよくグリルされてよく張った
太くて白いソーセージを食べてみたら良いのにと思った。
それはもう、ちょっとしたデイトリップなんだ。

また別の日、冷凍庫の中で放置されていた挽き肉を使って、2人暮らししている相方との晩ごはんのために
ハンバーグを作った。

家で作るハンバーグには、背伸びせずにしっかり粉を入れて、ふっくらさせた方が美味いということを
僕は長年の1人暮らしの経験でもうすでに学んでいる。

ナツメグを切らしていたけど問題はない。
S&Bのオールスパイスを振るって、
粗いみじん切りにした玉ねぎと少し多いかもと思われる量の塩と砂糖、オリーブオイルを垂らして練った。
軽い解凍でまだまだ半凍りの挽肉が、僕の手の温度で少しずつ粘っこく解凍されていく。
肉は冷えていた方が良いので、指先の感覚は、冷えてしまって曖昧な状態だがそれで良かった。
この肉の冷たさに伴う少しの辛抱が心地よい。
そういう所が、ハンバーグというのはほとんど愛で出来ているんだ、と思える。

後何年、ひとくち頬張って感動に足るハンバーグや、ソーセージ、焼き肉を美味いと思い続けることが出来るだろうか。

そう考える様になったのは、じゃがいもとの再会に他ならない。

濃いラーメンが食べたい気持ちもまだ持ち合わせているものの、年々、なんとなくうっすらではあるけれど、しょうゆの味も薄いようなかけうどんが食べたかったり、やけに冷奴の味が鮮明に分かったりするようになった。

感動や感傷、反省に鈍くなることと同様に、
味覚もまた、歳をとるにつれて、
この身体に遅れて到着するのではないか。
その瞬間に分からなかったことが、しばらくしてほのかに感じられる。
口の中でもそういうことが起きていて、
だから、後味というものは、
ある時期から味わうことが出来る様になるのだと僕は思う。

実家から送られてきた大量のじゃがいもを
まずはグリルしてじゃがバターにして食べてみようと試みた日のこと。

大きいじゃがいもの芯まで熱を加えるのに時間を要したが、黄色っぽくねっとりしたじゃがいもに
バターが溶けていく様は、懐かしい興奮が伴った。

適度に塩を振って食べた。

じゃがいもというのはこんなにも味の濃いものかと再確認する必要に迫られた。
野生的で飼い慣らされていない地肩の強い旨さがあった。
フォークで刺してほぐしてバターを塗りつけて頬張ってを繰り返す。
甘さとひとことで言っていいのか分からないけれど、
あれは甘さと言ってもいいと思う。

皮も当然食べる。
土の味はしたほうが良いに決まっている。
相方も必ず皮付きを食べる。
ミネラルを感じる白ワインが飲みたくなった。

芋の身が噛むと同時にほぐれる。
その時、僕と相方の2人は表皮1枚の存在に感心せざるをえない。

このじゃがいもの皮の「シャク」というか、
「シャリ」というか、「パキ」というか、
身の食感とのコントラストが、実に大人の味覚に思われた。

以降、じゃがいもにぞっこん気味な僕。

腹を空かせた僕が、近所の商店街を歩く時、
1袋に5.6個入って128円とか108円とかで売られているじゃがいもを買わずいられるはずもなく、
また今日も僕はじゃがいもを1袋買ってしまった。

ソーセージ6本680円、
じゃがいも1袋128円。

行ったり来たりの季節同様に、
お財布事情と相談しながら、
僕の味覚もまた行ったり来たりするのだと確信している。

10月に入ってから、お腹が減って仕方がない。

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