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なぜフォスターペアレントは時代遅れの国際教育支援になったのか?

こんにちは、理事の畠山です。

先日、副代表の川崎が、現地から届いた8周年の報告書を邦訳してブログ記事にしてくれました(”Quality Learning For All”の軌跡)。しかし、この8年の間に、ミレニアム開発目標からSDGsへ、新型コロナによる学びの中断と、国際教育協力の潮流を大きく変える出来事が次々と起こりました。

サルタックとしてもこれに対応するために、新型コロナが落ち着いたら、低学年の不利な背景を持つ層の子供達というターゲットは維持しつつも、アセスメントに基づく習熟度別の個別学習を導入していく予定です。これは、世界銀行が出版した、費用対効果が高いと考えられる学びの確保のための教育支援の中にもリストアップされていますし、チュータリング、即ち個別学習は新型コロナによる学びの損失への対応策としても注目されています(ハーバード大学のワーキングペーパー←こちらはオンラインチュータリングのものですが、チュータリングそのものが特に注目を集めています)。

とは言え、当然ながら少人数に切り替えるという事は、それだけ教室の数もボランティアの数も、それに伴うアドミニコストも爆発的に増加する事になります。実際に、現地からの予算案はこれまでの活動費の3-4倍近くになるもので、ちょっとこれは現状対処しきれないぞという状況です。なので、サルタックフレンズになって、この活動を継続的に実施できるように支援して頂けると非常にありがたいですし、現在やっているクラウドファンディングのご支援・情報拡散をして頂けてもとてもありがたいです。

今回お話するフォスターペアレント制度も、①新型コロナで雇用を失った家庭がかなり深刻な苦境に陥っている、②フォスターペアレント制度(特定の子供の支援をする見返りに、その子供と交流が出来るというもの)は支援を集めやすい、という事から、これを機にサルタックでも導入してはどうか?という話が持ち上がりました。

もちろん、国際協力・教育支援の中でもフォスターペアレント制度が有効な領域もありますが、私は現状広く行われているフォスターペアレント制度は時代遅れだと考えています。そこで今回は、なぜ途上国の教育支援という立場に立った時にフォスターペアレント制度が時代遅れだと言えるのか、解説していこうと思います。

1. 小学校に行けない子供達?

みなさんは、途上国の教育支援というと、何を目指すものだと思いますか?長期的な視点に立てば、平等な社会・より豊かで貧困の無い社会・平和な社会・幸福な社会といったものの実現のために途上国の教育支援をするのかもしれません。しかし、短期的な視点に立った場合はどうでしょうか?

一昔前の国際教育協力であれば、全ての子供が学校に行けるようにしよう、というのが大目標でした。これは2000年から2015年までの国際目標であったミレニアム開発目標にも色濃く表れていて、①全ての子供が小学校を卒業する、②全ての教育段階における男女間の就学格差を無くす、という二大目標を有していました。

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世界銀行のデータベースによると、1970年頃には世界の小学生の30%近くは小学校に行けておらず、その数も1億2千万人にも及んでいました。その後、構造調整が始まるまでは不就学者の割合も数も世界的には減少していきました。しかし、構造調整が行われるようになると、不就学児童の割合は横ばいとなる一方で、人口爆発が起こっているために不就学児童数は増加していきました。なので、2000年に制定された国際目標が、全ての子供が小学校を卒業できるようにする!、だったのは理解できる目標でした。

そして、構造調整で増加した小学校に行けない子供達も、その後順調に減少していき、現在ではその数は6千万人以下、割合も10%以下となっています。これでめでたしめでたしなら良かったのですが、上のグラフをよーくみると、過去15年ほどは小学校に行けない子供の数も割合も横ばいで、何の進捗も見られなかった事に気が付くかもしれません。

これには理由があります。それは、この10%・6千万人の子供達は従来の教育支援では小学校に行けるようにはならないにも拘らず、国際教育協力の在り方が変化できなかったからです。従来は学校が無い・貧しいという理由で小学校に行けない子供達が多かったのですが、学校も沢山建設されましたし、義務教育の無償化が進められて、こういった理由で小学校に行けなかった子供達は小学校に行けるようになりました。では、学校が無い・貧しい以外の理由で小学校に行けていない子供達とは誰でしょうか?

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まずは、紛争の影響を受けている子供達です。紛争に巻き込まれて小学校に行けなくなってしまった子供は、世界中の不就学児童の1/3にもなります(レポート)。これは、一刻も早く紛争を止めるのが問題解決策となります。しかし、近年ベネズエラ、ミャンマー、シリア、中央アフリカ、南スーダン、エチオピア、コンゴDRC、ナイジェリア、チャド、イエメン、ブルンジ、モザンビーク…と難民の数は増えるばかりで、その中でよく不就学児を6千万人以下に抑え込んでいるなというのが正直な感想です。Education Cannot Waitの創設など、不十分なりにもこの分野は頑張っていると思います。

次に、障害を持った子供達です。途上国では障害を持った子供の半数は学校に行けていません(レポート)。従来通りの貧困削減策で、障害児達は学校に行けるようになる可能性もあります。例えば、エジプトでの研究や、インドの研究(日本の研究者の方のものです)、アフガニスタンとジンバブエでの研究は、同じ障害児の中でも、豊かな家庭出身の子供はより学校に行けていることを見つけています。

その一方で、ユニセフの水野谷さん達の複数国での研究は障害児である事のインパクトは、豊かな家庭でも貧しい家庭でもそれほど違いはなく、一般的な貧困削減政策では障害児は学校に行けるようになるには不十分なのではないか?、としています。実は私の博士論文でも今の所、こちらと同じ結論に辿り着いています(バングラ・パキスタン・ガーナ)。

このように、紛争を除けば不就学の最大要因だと考えられる障害は、従来の教育支援策で克服できそうなのかどうか、結果が割れています。これは当然で、例えば、ほぼ全ての途上国に当てはまりますが公立学校にインクルーシブ教育が行き渡っていない状況で、私立が特別学校を運営している社会では、同じ障害児の中でも裕福な子供だけが学校に行けるはずです。また逆に、教育の民営化も進んでおらず(+アメリカのように公立学校間の格差も大きくなく)、公立もみんな揃ってダメな場合、豊かでも貧しくても障害児は等しく学校に行けないと考えられます(ないしは、奇跡的にほぼ全ての公立でインクルーシブ教育が出来ている場合もこうなるはずです)。

どちらのケースにせよ、学校に行けない障害児が学校に行けるようになるには、従来のような学校を立てて、教科書とか配布して、貧困緩和策(含む授業料の無償化)では不十分で、インクルーシブ教育・特別学校が私立や高所得層が集まる地域の公立だけでなく広く行き渡る、社会における障害に対するスティグマが解消される、といった追加策が必要になるんだろうなと私は考えています。そして、水野谷さん達の論文が2018年に出たにもかかわらず、2008年にほぼほぼ同じ手法を用いて同じトピックを分析した世銀のDeon Filmerの論文と似た結果になっている事からも、この領域ではビックリするほど進捗が無かった事も示唆されています。

話はそれましたが、いずれにせよ大事なポイントは、貧しくて学校に行けない小学生達、というのは2021年現在ではその多くを過去の遺産にする事ができた一方で、紛争・障害の影響を受けた子供達が学校に行けない小学生達の多くを占めているというのが現状だという点です。

2. 学校に行けるのはそんなに大事なことか?

ミレニアム開発目標からSDGsへの変遷の中で重要だったポイントは幾つかあるのですが、その一つは、教育の質って大事だよねと認識された点が挙げられます。ミレニアム開発目標は、何でも良いから子供が学校に行ければそれでOKというものでしたが、SDGsは行く意味がある学校にしないといけないよねというのがそこに加えられています。

サルタックウェビナー8noTotoro

これは経済的な背景からも納得がいく変化です。上の図は、スタンフォードのハヌシェク先生とドイツのヴォスマン先生の有名な研究のものですが、右は経済成長率と国民の平均教育年数の相関を見ていますが、強い相関関係が無さそうなのが見てとれます。その一方で、左は経済成長率と国際学力テストの結果の相関を見ていますが、こちらは強い相関がありそうなのが分かります。つまり、子供達がただ単に学校に行くだけでは経済成長には不十分で、そこでちゃんと知識やスキルを身に付けていることこそが経済成長につながるという事です。

これは考えてみれば当然で、もちろん例外はありますが、人を貧困から脱出させるのは卒業証書ではなく、農業生産性や労働生産性を高めてくれる知識やスキルだからです。学校が効率的・効果的に子供達に知識やスキルを与えられているのであれば、子供達が学校に行けるようにするというのは最大の教育目標であって良いと思います。しかし、世界銀行が学びの貧困の撲滅を教育支援の基本戦略として打ち出しましたが、その背景にあるのは、途上国では小学校を卒業しても、その半数は十分なリテラシー能力を身に付けられていないという崩壊した教育システムです。

もちろん、子供達が学校で学べるよう学校の支援をするのが王道中の王道です(+αで子供にとって安全な学校にするというのも大事だと思います)。しかし重要なのは、残念ながらこの記事を書いている2021年時点では、多くの途上国で、ただ子供達が学校に行けるようになるだけの支援というのは、経済的に何の意味もない資金の無駄遣いである可能性が非常に高いという点です。

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おまけでネパールのデータも見ておきましょう。Multiple Indicators Cluster Surveyという家計調査が、7-14歳の子供達が基礎的な識字力と計算力を習得できているか調査しているのですが、そのデータを分析してみると、この年代の子供はほぼ全てが学校に行けているにもかかわらず、基礎的な識字力と算数力を身に付けられている子供は30%にも満たない状況です。裕福な私立学校に通う子供達がけん引していることを考えると、貧しい公立学校に通う子供達は殆ど何も学んでいない、というのが残念な現状だと言わざるを得ません。

3. お金を渡せば学校には行けるようになるが、それだけでは学べるようにはならない

背景の説明が長くなりましたが、本題のフォスターペアレント制度に移っていきたいと思います。この制度の肝は、途上国の特定の子供の「里親」となることで、その子供の授業料や生活費の支援をしつつ、その子供と交流ができるので支援者としても満足感が高いものですし、子供や家庭にとっては実質的な現金給付で助かるし、団体としても寄付額の一部を団体の他の活動に使用させてもらえるので、三方よしの制度です。

しかし、国際教育協力というレンズから見た場合、子供の授業料や生活費の支援が、意味のあるものなのか疑問が残ります。現金給付で子供達が学校に行けるようになるというのは世界的にも広く確認され、非常に効果的でした。問題は、その学校で学べているのか?という点です。

残念ながら答えはNoです。世界銀行が子供達の学びの支援をする上で、費用対効果が良いもの悪いものを、教育経済学者や開発経済学者などを集めてまとめてもらったレポートがあるのですが、そこでも詳しく論じられていますが、掻い摘んで紹介してみます。

ただ単に現金を給付する、即ちニーズベース型の奨学金は、貧しい子供達に中等教育を受けさせるには効果的だが(注:小学校ではないのもポイント)、これだけでは学力を向上させられない。これに対し、メリットベース型の奨学金や報奨金という形の現金給付は、学校に在籍するだけではなくちゃんと出席するインセンティブや、しっかり学ぶインセンティブとなり、子供達の学びを保障する。もちろん、ニーズベース型の奨学金も、少女婚や10代の妊娠といった社会保障分野に対しては効果的であるが。

といった感じです。確かに学校に行くか行かないかは極めて単純な経済的な事象なので、現金給付をしておけば学校に行くようになるというのは分かります。しかし、学力を上げるというのは豊かな家庭であっても失敗することがあるように、単純にリソースがあるだけではなく、それをどう使うかという全く別の問に答える必要があるので、それに沿った教育支援をしていく必要があるのでしょう。

結局の所、フォスターペアレント制度というのは、小学校に行けない子供の数も割合も高いので、子供達を小学校に行かせる事が教育支援の主な目的で、貧しさが不就学の原因となっているという前世紀には非常に効果的な教育支援でした。しかし、不就学児は前世紀と比べて半減し、その主な原因も紛争や障害であり、教育支援の大目標が全ての子供達の学びを如何にして保障するかという所へシフトした現代では、その効果を失ってしまったと考えられます(もちろん、全ての子供達が中等学校に行けるようにしようという経済的な意味はない目標であったり、少女婚を撲滅したいといった重要な目標に対しては、依然としてフォスターペアレントは効果的な支援策です)。

4. アドバイス求む!!

話を最初に戻します。元々フォスターペアレントの話を始めたのは、サルタック内部で導入してみてはどうか?という声が上がった所にあります。

全ての子供達に良質な教育を!がスローガンのサルタックとしては、やはり学びの保障に繋がらない単純なフォスターペアレントの導入は避けるべきだと私は考えます。では、学びを向上させるメリットベース型のフォスターペアレントを導入するのはどうか?というのが自然な問になるかと思います。ただ、メリットベース型のフォスターペアレントってそもそも何?という話ですし、仮にそういう仕組みを作れたとして、そのスキームで里親になりたい人がいるの?という話にもなります。特に後者については教育政策の範囲外なので、どんなもんなのか私にもサッパリ分かりません。

この記事を読んで、ちょっと疑問に答えてやるよという方がいらっしゃいましたら、ぜひコメント欄か、twitterででも話しかけて頂けると非常にありがたいです。ないしは、shota.hatakeyama@sarthakshiksha.orgまでメールください。もちろん、そもそもの原因はファンドレイジングの弱さにあるので、ちょっと手伝ってやるよとかアドバイスしてやるよというのもありがたいです。(もちろん、サルタックフレンズクラウドファンディングへの支援で直接サルタックの活動の支援をして頂けるのもありがたいです。どうぞよろしくお願いします)

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