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大学教員@香港のつぶやき:オックスフォード時代を振り返る(CoS編)

香港からこんにちは、代表の荒木です。こちらは最近、気温も湿度も高い日が続き、こまめに手入れをしないとカビが増殖する季節になってきました。にもかかわらず、つい先日、我が家のエアコンが全て同時に動かなくなり、且つ修理をしてくれるエンジニアも一週間はスケジュールがいっぱいで来られない、という辛い状況に。。。個人的には、もともとエアコンはあまり好きではないのですが、さすがにこの気温・湿度の下ではエアコンがないと熱中症リスクが高くなります。。。不憫に思った大家さんが、親切にも新品の扇風機を差し入れてくれ、なんとか寝苦しい夜をやり過ごしていますが、これから更に気温が上がってることにおびえながら、エンジニアが早く来てくれることを願う今日この頃です。(こういう時、メカの知識・スキルがない自分の脆弱性を痛感します・・・)

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さて前回、オックスフォード博士課程1年目の最後に経験した試験(Transfer of Status:ToS)について書きましたが、今回はその続き「Confirmation of Status:CoS」をご紹介したいと思います。CoSは、博士課程を修了するまでにパスしなければいけない3段階の試験の2つ目です。私が所属していた社会学科では、ToSで執筆・議論した研究計画及び先行研究レビューを踏まえて、実証研究2章分(独立した実証論文2本でも可)を執筆・提出し、それに基づいて口頭試問が行われるのが通例です。試験官は、指導教員以外の教員2名で、ほとんどの学生はToSと同じ先生に依頼しているようです。が、私の場合は2名とも完全に違う先生にお願いすることに。その理由は、「博士課程2年目に差し掛かった時、研究テーマを変更したから」です。
 
前回ご紹介したように、ToSの時点で取り組んでいたテーマは「日本における教育とウェル・ビーイング(特に幸福度)の関係」で、博士課程2年目以降は自分自身でアンケート調査を設計・実施する予定でした。しかし、2017年の夏休み前後に指導教員と色々な話をさせていただく中で、OECDが実施している国際調査「PIAAC」のデータを使うと、色々と面白そうな研究ができそうということが分かってきました。そこで、博士課程の研究とは別に、試しにPIAACの大規模データを取得して簡単な分析をしてみたところ、想像以上に面白い結果が!それに基づいてさらに指導教員と議論をしていると、どんどんアイデアが広がっていき・・・もともと想定していた「日本」というコンテクストから離れて国際比較研究として博士論文を執筆できそうな雰囲気に。
 
結果として、博士課程2年目が始まる頃にはToSのテーマと決別し、PIAACをフル活用した研究に方針転換しました(ただし、以前のブログでもご案内したように「教育×幸福」は追い続けているトピックです)。1年目に費やした時間やエネルギーが無駄になったと言えなくもありませんが、当時はPIAACの有用性を見つけた嬉しさの方が大きかったですし、今から振り返っても非常に有意義な成長過程だった気がします。特に、PIAACのように国際的なイニシアティブで収集・公開されている二次データは質が高く、自分で調査を設計・実施する手間を省けるため、計量分析が好きで効率的に論文を書きたいタイプの研究者には有用であることを実感できたのは、その後の研究を展開する上でも大きな経験でした。(もちろん、理事の山田が以前書いていたように、二次データは自分で収集する一次データと比べて劣る部分もあり、一概にどちらが良いとは言えません。)

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こうして博士課程2年目以降、PIAACデータを使って取り組んだテーマは、「教育と社会階層・社会移動」並びに「教育の経済的価値」。これらは、(教育)社会学の中心的な研究課題で膨大な先行研究の蓄積があり、そこで独自の研究成果を生み出すのは容易ではありませんが、学部時代から気になっていたトピックでもあり、挑戦してみることにしました(後述するように、やはり簡単な話ではなかったのですが・・・)。CoSに向けては、まず「教育と職業」に関する論文を一本、そして「教育と収入」に関する論文を一本書きました。試験官は、社会階層・社会移動や計量分析手法に関心があるなら知らないわけがない、といっても過言ではない大物教授2名。特に隠す必要もないので公開すると、Richard BreenJan O. Jonssonです。
 
このCoSに先立って、社会学科で博士課程2年目の学生が研究内容についてプレゼンし、事前に指名された教員1名と学生1名がそれぞれコメントを出し、それに基づいてさらに他の教員・学生も交えてディスカッションするイベント「DPhil Seminar」が開かれました。私の場合、この担当教員も(恐らく偶然ですが)Richard Breenでした。CoSの予行練習になって良いかもしれない、くらいの比較的軽い気持ちで臨み、プレゼン自体も無難にこなし、且つ最初に担当学生がポジティブなコメントをくれたため、あとはRichardからアドバイスをもらえば無事終了、と少し油断していたところ、、、彼は次々と私の研究の不十分な点を理路整然と指摘し始め、気づけば当初イケていると思っていた理論的枠組みや分析手法は木っ端みじんに粉砕されていました。。。詳細は割愛しますが、特に計量分析の設計部分で、恐ろしく細かいところまで掘り下げられ、ぐうの音も出ないとはこのことか、と変に感心してしまったのを今でも覚えています。
 
その後、プレゼン時に頂戴したコメントを踏まえて論文を大幅に修正して提出し、CoSを迎えたのが2017年10月。単純に試験というだけで緊張する上に、DPhi Seminarで叩きのめされてから本格的にRichard Breenと相まみえるのは初めてでしたし、且つ今回は計量分析の鬼がもう一人(Jan O. Jonsson)いるということで、ToSとは比較にならないレベルの緊張感でした(実際、プレッシャーが強すぎたのか、メンタルだけでなくフィジカルにも少し体調を崩しました)。
 
CoS当日、指定された部屋に行くと、二人の試験官は既に待機しており、少し雑談をしてから口頭試問が始まりました。そして最初の質問を聞いた時、私は「これは間違いなくCoSをパスできないな」と思ったのを今でも鮮明に覚えています。その質問とは、「今回、2つ論文を提出しているけど、この2つってほぼ同じ内容じゃない?」というもの。。。先述のとおり、CoSに向けて「教育と職業」「教育と収入」をテーマにそれぞれ論文を用意したのですが、確かに「職業」と「収入」で対象は違うものの、大きな理論的背景や実証分析の設計などは基本的に同じなので、「わざわざ2つの論文にしなくても、1つの論文としてまとめられるのでは?」という反論しようのないコメントをいきなり頂いてしまったのです。。。

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ただ、この2人に限らず、社会学科ではToSやCoSを落とすためのプロセスではなく、学生の研究をより発展させるための機会と位置づけていることが救いでした。上述のようなクリティカルな質問の後、さらに細かな質疑応答が続き、1時間半ほど経過した段階でCoS不合格を告げられるかな、と観念していたところ、最後に「もしこの職業と収入の論文を一つにまとめるとしたら、他の章はどうやって構成する?」という想定外の質問がやってきました。再び社会学科の慣習として、計量分析で博士論文を書く場合、第1章を全体のイントロと先行研究レビュー、第2章~第4章を実証分析に基づく内容(3つの独立した論文でもOK)、第5章を全体のまとめと理論的なディスカッション、といった形でまとめるのが一つのスタンダードになっています。私は当初、このうち第2章と第3章を上記の2論文でカバーしようと考えていたわけですが、これを一つにまとめて新2章とした場合、残りの章をどうするのか、というのが質問の意図でした。
 
ここでラッキーだったのは、実はCoS用に提出した論文以外にも、一つドラフトを完成させていた論文があり、且つ他に複数の持ちネタ(=書いてはいないけれど構想中のテーマ)があったこと。そこで、既に完成していた論文をその場で見せつつ新3章にすると説明した上で、第4章については複数のオプションがあることを率直に伝えました。これを受けて、図らずも試験官は新3章について「面白い」と言ってくれた上に、第4章の内容について具体的なアドバイスまでくれました。こうして、「この2つの論文って実際には1つじゃない?」から始まったCoS冒頭に比して少し期待値が高まったところで、試験官から「CoSの結果を協議するから、部屋の外に出て庭でも歩いてて」と言われました。
 
最終的には多少挽回したとはいえ、やはり厳しいかなと思いながら待っていると、お呼び出しがかかり再び部屋の中へ。そして試験官が発した言葉が「We’ve decided to let you proceed. Congratulations!」、つまり「合格おめでとう」でした。それを聞いて、ものすごく安堵したのが表情&態度に出たようで、試験官に笑われてしまいましたが、改めて言われたのが「確かに現状で不十分な点もたくさんあるが、常にどのように改善していけるかを考えているのがよく分かり、今後の展開についてもオプションを色々と持っているのは評価できる」ということ。さらに強調していたのが、CoSも形式的には試験ではあるものの、そこでの到達点だけでなくLearning ProcessとPotentialを丁寧に見ている、ということ。この観点は、自分が大学教員となって学生指導をしたり試験官を務めたりする際に、気をつけていることの一つです。

テムズ川

なお、ここでのアドバイスを踏まえて「職業」と「収入」を合わせて一つの論文にしたところ、手前味噌ではありますが非常に面白い作品に仕上がり、結果的に社会学分野で最高峰のジャーナルAmerican Sociological Reviewに掲載されることとなりました。また、もともとPIAACの面白さに引き込んでくださった指導教員との共著論文も、計量社会学のトップジャーナルの一つであるEuropean Sociological Reviewに別途掲載されるなど、当時の方針転換が好ましい形で結実しており、オックスフォードのアカデミック・コミュニティから受けた恩恵を有難く思うとともに、結果論かもしれませんが博士課程1年目のテーマに固執し過ぎなくて良かったと感じているところです。
 
CoSが終わると、次は最終段階のViva。ここでは、学内の教員1名(ToS、CoSと同様に指導教員以外)と学外の研究者1名に試験官をお願いすることになります。学内については引き続きRichard Breenにお願いしましたが、学外については誰かというと・・・。この詳細は、また次回にお届けしたいと思います。
 
サルタック代表理事 荒木啓史
(サウナのような香港の自宅より)
 
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