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大学教員@香港のつぶやき:オックスフォード時代を振り返る(Viva編)

こんにちは、代表の荒木です。7月から香港の大学も夏休み期間に入ったため、先日、久しぶりに英国オックスフォードへ行ってきました。全体的にあまり変わっていない印象でしたが、「あ、あの店がなくなってる!」「こんな所にこんな建物ができてる!」など、新たな発見もありました。香港を拠点にしている身として、一番新鮮だったのは「マスクをしている人がほとんどいない」ということ。是非はさておき、withコロナを地で行っているなぁ、と実感しました。
 
今回は、オックスフォードに加えて、ケンブリッジも訪問してきました。オックスフォード在学中は、ライバル大学であるケンブリッジのことを「the other side」とか「dark side (!)」とか呼んだりして敬遠してきましたが(笑)、家族ぐるみで付き合いのある友人がケンブリッジにいるため、初めて訪れる決意をした次第です。当地で有名なのが、長い竿を持って小さなボートを漕ぐ「パンティング」で、ケム川を進みながらケンブリッジ自慢のカレッジ群を眺めるのが典型的な観光アクティビティになっています。友人が所属しているカレッジのボートを予約してくれたため、私が船頭役を務めましたが、これがとにかく難しい!まっすぐ進めない上に、他のボートや岸に当たったり、狭い場所で回転しなければならなかったり、滑って川に飛び込みそうになったり・・・折しもイギリスは記録的な暑さに苦しんでいるタイミングで、私は汗だくになりカレッジ群を優雅に楽しむ余裕はありませんでした。。。

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さて過去2回にわたって、オックスフォード博士課程1年目の最後に経験した試験(Transfer of Status:ToS)2年目に経験した試験(Confirmation of Status:CoS)について書きましたが、今回のテーマは最後のステップ「Viva」です。ToSで全体的な研究計画及び先行研究レビュー、CoSで実証研究2章分についての審査が行われることは過去記事でご紹介したとおりですが、Vivaでは博士論文の完成版を2人の試験官に提出し、その内容に基づいて口頭試問が行われることになります。私の場合、全体で5章立てで、1章が全体のイントロダクションと先行研究レビュー、2章~4章が独立した(とはいえ互いに繋がりがある)実証論文、5章が全体のまとめとディスカッション、というシンプルな構成でした。
 
内容の詳細については割愛しますが、テーマは前回もご紹介したように「教育と社会階層・社会移動」並びに「教育の経済的価値」です。この分野では、「OEDトライアングル」というフレームワークがよく使われ、O(Origin:社会経済的背景)、E(Education:教育)、D(Destination:地位達成や収入)の関係を分析することになりますが、これまでのアプローチでは十分に教育と社会階層・社会移動の関係性について明らかにできていないので、新たな視点を理論的にも実証的にもちゃんと取り入れましょう、という議論をしています。(博士論文の一部が反映されているのがこちら、同様の視点を敷衍して幸福研究にしたのがこちらの論文です)

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博士論文を提出したのが2016年6月、博士課程2年9か月の時期でした。通常は、論文提出後から1-3か月以内に口頭試問が行われることになりますが、私が実際に臨んだのは2016年11月、論文提出から5か月も経ったタイミングでした。理由は、試験官をお願いした学外の先生が忙し過ぎて、スケジュールを確保できなかったから・・・。ToSとCoSは学内の教員が試験官になり、Vivaは学内の教員1名に加えて学外の研究者1名にお願いするのが通例です。Richard Breenに学内の試験官をお願いしたことは前回ご案内したとおりですが、学外はアムステルダム大学のHerman van de Werfhorstに依頼しました(まず私の指導教員がvan de Werfhorst教授に直接打診してくださり、内諾を得られた上で大学から正式に委嘱するプロセスがとられました)。彼は、社会学の中でも教育社会学の専門家で、特に「教育と労働」「教育と不平等」といったテーマで非常にインパクトの高い論文を出し続けている大御所の一人です。私の口頭試問のためだけに、遥々オックスフォードまで来てくれたわけですが、彼はアムステルダム大学で教鞭をとる前にオックスフォードでポスドクをしていたこともあり、Vivaの後で話をしていた際には「久しぶりにオックスフォードに来られて楽しかったよ」と言ってくれました。
 
ちなみに、口頭試問の前夜、彼がオックスフォード入りした際のツイートがこちら

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口頭試問後、彼が帰途につきながらツイートしたのがこちら

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Vivaは、当然ながらToSやCoSと比べて真剣度が違いますし、審査対象も博士研究全体ですので非常に重みのあるイベントですが、それに輪をかけて厳かさを増すのがドレスコードです。詳細は、オックスフォード大学のウェブサイトなどに掲載されていますが、Vivaに臨む学生は「sub fusc(サブ・ファスク)」と呼ばれる服を着なければいけません。男性の場合、多くは「白いシャツ、黒のスーツ上下、黒い靴・靴下、白か黒の蝶ネクタイあるいはネクタイ、履修課程やこれまでの学歴に応じて定められたガウン」を着て、角帽を持参することになります。試験官を務める学内の試験官も同様に厳格なドレスコードがあり、学生よりも重厚なガウンを羽織るのが通例です(学外の試験官には、特にそうしたコードはないようです)。入学式や卒業式を除いて、そうした服装をしている人はそういませんので、試験当日の朝にsub fuscを着て緊張した面持ちで試験会場へ歩いていると、事情を察して「good luck!」と声をかけてくれる人もいました。
 
試験会場は、学内試験官のRichard Breenが所属しているNuffield College会議室。少し早めに会場について、部屋の前で待機していると、College関係者が通り過ぎるたびに「good luck!」と言ってくれました。そのパターンが何だか面白く、また色んな人に応援されている気がして、口頭試問が始まる頃には比較的緊張感も小さくなっていきました。時間になり、部屋に入るよう指示されて、2人の試験官と簡単に挨拶・雑談(いわゆるsmall talk。何を話したか、すっかり忘れてしまいましたが・・・)してから、まずは10分程度で博士論文の要点を説明するよう指示されました。これについては、事前に学内試験官から言われていたので、簡単な資料を作って配布し、それを使いながらプレゼンしました。その際、こちらからジャブのようなつもりで強調してみたのが、「博士論文をベースとした学術論文が既にAmerican Sociological Review(ASR)に掲載されることが決まっている」という点。以前にもご案内したように、ASRは社会学分野で最高峰のジャーナルですので、そこに掲載されるのだから博士論文だって問題ないでしょう、と暗に(陽に!?)アピールした次第です。

案の定、その説明をした際には、試験官2人とも「それは素晴らしい、おめでとう」と言ってくださいましたが、それでその後のプロセスが簡単になる訳では全くありませんでした・・・。博士論文を読み込んでいた2人の大御所は、それから2時間ほど容赦なく質問を叩き込んできて、まさに英語でいうところの「grilling(グリルする)」という状況でした。ただ、CoSの時のように「これは不合格だろう・・・」といった絶望感を抱く瞬間はなく、ほとんどのコメントに比較的余裕を持って答えられている印象はありました(もちろん、全く反論できない厳しいご指摘もありましたが・・・)。

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約2時間みっちりグリルされた後は、CoSと同様に部屋の外で待機しているよう指示されました。手持ち無沙汰なまま、部屋の前を行ったり来たり歩いていると、しばらくして再び入室するように言われ、着席して宣告を待ちました。想定される結果は大別して、「提出した博士論文のままで合格(No Correction)」「微修正した上で再提出し、学内試験官が認めれば合格(Minor Correction)」「大幅に修正した上で再提出し、学内・学外試験官が認めれば合格(Major Correction)」「不合格」の4パターンですが、私が言われたのは「博士論文自体と今日の口頭試問を踏まえ、協議の結果、合格とする。ただし、口頭試問で指摘した点を1か月以内で微修正することを条件とする。」とのこと。つまり「Minor Correction」でした。CoSより余裕があったとは言え、やはり非常に緊張していたため、結果を聞いた時はとても安堵しました。それから少し雑談して記念写真を3人で撮り(私の携帯でセルフィー)、Nuffield Collegeを後にしてから家族や指導教員に報告し、ホテルの部屋に戻って小躍りしたのを今でも覚えています。
 
その後しばらくして、Minor Correctionのリスト(具体的に何を修正しなければいけないか)が届き、それらに対応して博士論文を再提出し、Richard Breenの確認を経て正式に課程を修了したのが2019年11月21日のことでした。それまでの仕事を投げうって、妻子ある身で学生に戻ったため、少しでも早く課程を終わらせるべく邁進していましたが、修了してみると何だか少し寂しい思いもありました(贅沢な話かもしれませんが・・・)。とにもかくにも、この約3年間、支え続けてくれた家族や指導教員、奨学金を提供してくださった諸機関など、感謝の念は言葉では言い表せないほどです。
 
以上、オックスフォード大学博士課程で経験した試験3部作でした。次回以降は、オックスフォードの卒業式後にカレッジで行ったスピーチで爆笑と感涙を誘った話、現在の研究の話、さらに香港で経験した転職活動(!?)の話、などお届けしていく予定です。暑い日が続きますので、皆さんどうぞご自愛ください。
 
サルタック代表理事 荒木啓史
 
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