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なぜ人々は人種問題で分かり合えないのか?ー批判的人種理論の教育を巡るアメリカの大混乱、オハイオを事例に

こんにちは、理事の畠山です。今アメリカの教育界隈で最もホットなトピックは、もちろん新型コロナと教育ですが、その次に来るのがCritical Race Theory(CRT)を学校現場で教えることを禁止しようという大騒動です。この大騒動は日本でも報道される所となり(記事)、在米10年を超える私としては恥ずかしい限りです。とは言え、日本の報道だけ見ると、なぜこのCRTを巡って大騒動になっているのか分かりづらいと思うので、ちょっと解説してみようと思います。

1. そもそもCritical Race Theoryって何?

まず、CRTとはそもそも何ぞや?という所から始めたいと思います。個人的な関係を言うと、2020年初頭の新型コロナが猛威を振るう前に、質的調査法の授業のために、台湾人の高等教育のPh.D.専攻の友人とNo Chinese Left Behind(ブッシュJr.政権の目玉教育政策だったNo Child Left Behind:NCLBと同じ頭文字になるようにという親父ギャグ要素を入れ込みました、もちろん・・・発案者は・・・私です。。。)という研究を始めました。そこで、白人のために作られたシステムの中で中国人留学生がどのように生き残っているのかを分析するためにCRTを勉強しました。

これで大体CRTのニュアンスは掴めたかと思いますが、より詳しく解説すると、CRTは公民権運動の高まりの中で、時代を支配する考え方やレイシズムに対抗するために生み出された考えです。その後、1970年代に法学の分野で理論構築が進みました。

(余談になりますが、この法学分野での理論構築には、ハワイ生まれの日系人であるMari Matsuda教授が大きくかかわりました。我々の分析では、CRTはアジア系に当てはまりが悪く、ほぼ似た理論の中華系版の理論を使う事になったので、CRTの理論構築に日系人が関わっていたのは、大きな驚きでした。)

法学分野で理論構築が進んだという事から読み取れるように、CRTは法や組織体系と大きく関係を持ちます。一般的に、人種差別というと、個々人が持つ特定の人種に対する偏見・ステレオタイプ・統計的差別を思い浮かべるかなと思いますが、CRTは法や制度がどのようにして人種差別的になっているのかを批判的に検討するものです。この、CRTは個人の人種差別に関するものでは無く、法や制度の成り立ちに人種差別的な要素がある、という点は記事を読み進めていくうえで重要なので忘れないでください。。

CRTはその後、様々な分野で使われるようになり、もちろん教育分野もその例外ではありませんでした。2002年に出版された論文を読むと、教育研究でCRTを用いる上で次の5つのポイントが重要とされています。

1. 人種問題が如何に中心的な問題であるかを認識すると同時に、他の問題(ジェンダーなど)との関連にも注意を払う

2. 支配的なイデオロギーに挑戦する

3. 社会正義へのコミットメント

4. 有色人種の知識や経験の中心化

5. 分野を超えた知見の創造

やはり、「批判的」人種理論と呼ばれるだけあって、現状を極めて批判的に見ようとしていて、かつアクションへのコミットメントを求める理論だという事が分かるかと思います。ただ、この説明だと色々な要素も混じってしまって分かりづらいので、今の混乱を理解するために私なりにCRTの肝を述べてみようと思います。

教育分野におけるCRTとは、如何に現在の教育システムがマジョリティ(白人)に拠って作り上げられ、マジョリティのための教育システムになってしまっているのかを批判的に分析する事で、人種問題を解決できる教育システムを目指す手助けをしていくこと、といった感じになるかなと思います。

2. Critical Race Theoryが大爆発を起こした火種

CRTの説明だけ聞くと、なぜこれが今教育界隈で大爆発大炎上しているのか、不思議に思うかもしれません。これの火種を作ったのは、やっぱりなと思うかもしれませんが、トランプ前大統領です。

なんとなくアメリカ事情を把握している国際協力の人は、昨年の9月にトランプ前大統領が公務員に対して、アメリカの分断を加速させるとして多様性に関する研修を禁止するという大統領令を出して、USAIDはどうなるんだ!と思った事かと思います(当時のニュース)。この中で攻撃対象になったのが、白人の特権とCRTで、アメリカを分断しようとするプロパガンダだとトランプ前大統領は主張していました。

これがきっかけとなり、共和党が主導権を握る州で、CRTを学校で教えるのを禁止しよう、という動きが出てきました。とは言え、法律というのはそう簡単にできるものでは無いので、今年になってからこの動きが大々的な物となり、日本のニュースに迄取り上げられる恥ずかしい事態になった、ということです。

3. Critical Race Theoryが大爆発している例ーオハイオ州

先日、理事の山田と待ち合わせて、オオタニサンを見るためにクリーブランドまで行ってきました(山田の日記)。このクリーブランドがあるオハイオ州は、日本人にとってはオハイオからおはいおございます♪、というかわいらしい州ですが、アメリカの政治という点から見ると、かわいらしさの欠片も無いえげつない州となっています。

なぜオハイオ州が可愛くないのかというと、スイングステイトと呼ばれる、選挙によって共和党と民主党のどちらが優勢になるか入れ替わることがある政治的な激戦州だからです。実際に、これまでの歴代大統領の中で、オハイオ州を落として大統領になったのは僅か三名しかおらず、バイデン大統領はその三人の中の一人ですが、その前はJFKまでさかのぼります。この間に共和党と民主党の大統領が頻繁に入れ替わっているので、いかにオハイオ州が民主党と共和党が拮抗していて結果が揺れやすいかが分かるかと思いますし、今回バイデン大統領が比較的余裕をもって勝利したにも拘らずトランプ前大統領を支持した事から、何と言うか非常に難しい厄介な、オハイオからおはいおなんて言ってる場合じゃない州だということが分かるかと思います。

実際に、このCRTを巡る大爆発大炎上に関しても、最も激しく燃え上がっている州となっています。ちなみにですが、オハイオ州とミシガン州は領土を巡ってトレド戦争というのをやらかした間柄で非常に仲が悪いので、やーいやーい、という気持ちで多くのミシガン州民がこのバカ騒ぎを見守っているはずです。

余談はさておき、CRTを教えることを禁止する法案であるHouse Bill322が提出されたので、この中身を見てみましょう。この法案では、以下の考えを教員に教えるよう求めることを禁止しようとしています。

1. メリトクラシーや、勤労といったアメリカ的な価値観は、人種差別的ないしは性差別的である。これらは、特定の人種・性別が他の人種・性別を抑圧するために生み出されたものである

2. 特定の人種や性別であることに罪悪感を持つべきである

3. 特定の人種や性別であることは非難されたり、バイアスをもって見られるべきである

4. 奴隷制はアメリカの基礎を作った

5. 奴隷制や人種差別は、自由や平等と同じく、真のアメリカの価値観である

という5点です。

もちろん、政治や政策というのは空白から何かが生まれてくるわけではなく、有権者の声を拾って出てくるものなので、オハイオ州にも、CRTを学校で教えるのを禁止しようという草の根の運動があったりします(これとか)。

(余談になりますが、個人のブログで、「勤勉さ」こそがアメリカを分断していると論じましたが、上のポイント1を見ると、やはり政策側でもそれは認識されているんだなと思いました)

4. なぜ人々は人種問題で分かり合えないのか?ーオハイオ州の例

CRT自体は、より公平な社会を目指していこうという、私から見れば穏健かつ妥当なものですが、なぜこれほどまでに爆発大炎上するのかは、もちろんトランプ前大統領が関与したという点もありますが、報道をよく読んでみると理解が出来ます(本当の所を言うと、夏の最後の質的調査法のContent Analysisというミニワークショップの宿題で、オハイオ州の新聞記事や政治家の会見の書き起こしをDedooseというソフトウェアを使ってコーディング&分析をやらされて気が付きました。まあ、まず途上国の教育の研究をミシガンでやっている私が、自然とオハイオ州に目が向くわけないですよね苦笑。ちなみにですが、サルタックでも、国際教育協力における質的調査法とDedooseを使った質的データ分析のワークショップを企画しているのですが、需要がよく分からないので、受けてみたいという方はどれぐらいの価格だったら受けてみたいか教えてもらえるとありがたいです)

そして、この爆発大炎上は、いくつもの理由が絡み合って構築されていることが読み取れます。それでは、オハイオ州のこの法律に関するいくつかの報道記事を見ながらそれを追ってみましょう。

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