オックスフォード留学を振り返る~博士号取得までの道のり(制度編)+新型コロナウイルス

荒木啓史

先々週、オックスフォード大学から一通のメールが届きました。その内容は、5月2日及び5月9日に予定していた卒業式(学位授与式)を取りやめる、とのこと。理由は、新型コロナウイルス(COVID-19)です。COVID-19が中国や日本、韓国で騒がれ始めた当初、イギリスの政府や大学等は明らかに「対岸の火事」と捉えているふしがあり、ボリス・ジョンソン首相も「自分は怖がらずに握手する」といった発言をしていました。オックスフォード大学でも、「COVID-19による脅威は必ずしも大きくないので、通常どおり授業やセミナーを執り行う」といったメールが飛び交っていました(驚くべきことに、一部の学生が感染していることが明らかになった後も、しばらく「特に問題ない」といったスタンスを貫いていました・・・)。しかし、ここにきて感染者数が急激に増える中で、遅まきながら政府主導で厳格な対応が打ち出されはじめ、オックスフォード大学も大勢の人が集まる学位授与式などは当面キャンセル(延期)することを決めたようです。

他方、日本でも学校閉鎖の要請が非常に大きなニュースとなりました。片親や共働きの家庭はどうすればよいのか、専業主婦・主夫がいる家庭も急展開にどう対応すればよいのか、子供の心身の健康をどのように保つのか、といった問題と併せて昨今指摘されているのが「学びの格差」です。つまり、子供たちが学校へ通えなくなったことにより、学校以外で質の高い学習機会をオンラインや家庭で獲得し続けられる子供たちと、そうした機会を十分に得られず学びが途切れてしまう子供たちとの格差が発生・拡大していることが懸念されます。このように、家庭環境等によって子供たちの学びに「格差」が発生してしまっていることは、従来議論されてきた問題ですが、突然の学校閉鎖によってその問題が一層顕在化している側面は否めません。直近の政府発表によれば、4月からは通常通り開校する方針のようですが、また同じような状況が発生する可能性も考えると、オンライン等を活用して効果的に学習することができる環境を社会的に整備していくことが肝要なのは間違いありません。こうした背景も踏まえて、文部科学省や経済産業省では、「子供の学び応援サイト」や「未来の教室」などを通じて、無料で活用できるオンライン学習教材等を整理・公表しています。しかし、こうした取り組みがどの程度認知・活用されているかを考えると心許なく、今後より広く認知度を高めるとともに、どのような環境にある子供たちも有効に活用できるように支援していくこと(ICT環境を整える、サイトの使い方を教える等)が求められます。

画像1

画像2

このような問題は、途上国でも非常に深刻です。私たちサルタックが活動しているネパールでも、COVID-19の感染拡大が深刻な問題となっており、学校も閉鎖されてしまいました。こうなると、上述のようなオンライン学習環境が全く整備されておらず、保護者の学力水準も必ずしも高くなく(仮に保護者が家庭にいたとしても子供に勉強を教えることができない)、学童保育や放課後子供教室のような場がないネパールでは、全面的に子供たちの学びが崩壊してしまう恐れすらあります。「そんなに学習機会について懸念ばかりしていないで、この時間に楽しく遊ばせていれば良い」といった考え方もあるかもしれませんが、そもそもCOVID-19が猛威を振るう中で安全且つ健康的に遊べるような環境は整っていませんし、やはり質の高い学習が個々人の幸せや社会の健全な発展に結びつくと信じる私たちサルタックとして、この状況を黙って眺めているわけにはいかないと強く感じています。

そこで今般、サルタックではネパールの子供たち(及び同じような環境下にある子供たち)の学びを支え、さらに今後の新たな学習モデルを打ち立てることを目指して、オンラインで入手・活用可能な学習教材(無料・著作権フリーのもの)を収集・整理し、英語・ネパール語に翻訳して子供たちに届けることにいたしました。この一環として、現在、私たちの活動を支援してくださるインターンを募集しています。インターンとして採用された方には、原則として遠隔で情報収集(及び場合によっては翻訳)をしていただき、サルタック理事陣と定期的に協議しながら成果物完成に向けて作業していただくことになります。詳細は、別の記事にてご案内していますので、ご関心のある方は是非ご覧いただければと思います。一人でも多くの方にご応募いただけることを心待ちにしております!

1. 博士号取得までの道のり(制度編)

さて、冒頭で触れたように、オックスフォード大学では今年の5月上旬に学位授与式が予定されていましたが、実は一年間のうちに何度も同様の式典が開催されています。詳細は大学のページに掲載されていますが、5月以外では基本的に7月、8月、9月、11月、1月、2月に行われ、通常、学生は複数の選択肢から自分の都合に合わせて選ぶことができます(各学生が所属するカレッジ等によって具体的な選択肢や運用は変わります)。実際、私は諸々のスケジュールを勘案して5月に出席することを検討していましたが、もし2月末の回を選択していれば、学位授与式は挙行されましたのでキャンセルの憂き目にあわずに済んだことになります(2月末の式を実施していることからも、オックスフォード大学を含むイギリスの各機関では、COVID-19対策の初動が遅かった/緩かったことが分かります)。学位授与式だけでなく授業やセミナー等も含めて、今後の対応方針については大学としても先を見通せない状況のようですが、安全対策を優先するとともに、これを機に新たな学習モデルを検討・構築する動きに結びつけてほしいと個人的には願っています。

画像3

新型コロナウイルスに関する話はここまでとして、ここからは上述の学位授与式に出る(権利を得る)までの道のりを、特に研究面に焦点を当てて書きたいと思います。紙幅の都合上、本稿だけで全て語り尽くすのは難しいため、今回は以前の記事で少し触れた「Leave to Supplicate」をオックスフォード大学から与えられて博士号を取得するまでに乗り越えなければならない関門を、制度面に特化して紹介していきます。

2. Transfer of Status:見習い研究生(PRS)から博士課程学生(Doctoral Student)になるまで

オックスフォード大学では、博士課程(博士号)のことを「D.Phil.(ディー・フィル)」と呼びます。恐らく「Ph.D.(ピー・エイチ・ディー)」であれば聞いたことのある方は多いかと思いますが、

ここから先は

5,433字 / 4画像

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?