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ランダム化とアメリカの教育政策研究

0. はじめにー教育政策研究とランダム化

こんにちは理事の畠山です、皆様いかがお過ごしでしょうか?私は博論や就活で忙しくしていますが、この夏は理事山田の因果推論のお勉強にお付き合いしています(Methods Matter : Improving Causal Inference in Educational and Social Science Researchという教育大学院で定番のテキストを使っています)。私がコンサルタントをした時の日給の額を考えれば1対1でチュータリングしてもらえるなんて贅沢な!…などという気は毛頭なく、情熱もガッツもある優秀な若い人の成長に貢献できるのであれば、これほど喜ばしいことはありません。

因果推論のチュータリングをする中で、学術研究のためだけに因果推論を用いるのではなく、より良い教育政策を実現するために因果推論をどのように用いる事ができるか、についても伝える事を心がけています。

それは例えば次のような事です。因果推論の5つの手法の中でも、RDやDiD(特にDiDの進化系であるCITS: Comparative Interrupted Time Series)は常日頃からデータがしっかりとられていれば現場に迷惑をかけることなく用いることが出来る可能性が高いし、IVやFixed-effectsなんかはデータがあれば引き出しをどれだけ持っているかが勝負で、全く現場に迷惑をかけないし追加のコストも発生しないので、教育政策分析のスペシャリストとしての腕や実力が試され手法だと言えます。実際に、米国の教育政策で「エビデンス」と言われた時に用いられているのはRDやDiDのような自然実験が多い印象があります(普段からちゃんとデータを採っていて、プロジェクトデザインに工夫が凝らされているので、「自然」な実験でもなんでもないですが)。

それに対してランダム化はゴールデンスタンダードだと雖も、ランダム化してデータを取らせてもらうという点で基本的に教員なり行政官なりの現場に対して迷惑をかける・追加のコストを必要とする手法となります。そして、実施が簡単なように思われていますが、意外と難しい点も見過ごしてはいけません(意外と難しい教育セクターでのランダム化比較試験(RCT)の実施)。ランダム化のコストについて言えば、残念ながら私はアメリカ国内でのランダム化実験について詳しくないのであれですが、途上国で言うと、もちろん規模にもよりますが、平均的に言えばランダム化実験一件にかかるコストは、中小規模のユニセフ事務所であれば教育部門の年間予算に匹敵し、大規模なユニセフ事務所であれば、ランダム化実験が行われている教育セクターの部門の予算(例えば、基礎教育、幼児教育、青少年活動など)に匹敵するぐらいという相場観です。いずれにせよ、そのお金で出来た事を理解する国連職員であれば、ランダム化は決して安くないオプションだというのはすぐわかります。

それだけのお金をかけて生み出される知識に、それだけの価値があるのか?実はここが非常に難しいポイントとなります。なぜなら、アメリカでも途上国の文脈でも、介入対象となった子供達の学力を偏差値換算で2上げられるプロジェクトは全プロジェクトの中でも上位20%ぐらいに入る優れたものとなります(Interpreting Effect Sizes of Education Interventions)。他の文脈に適応可能なのか怪しい所が残るそれを確かめるために、その国のユニセフの教育部門の一年分の予算をつぎ込むべきかと言われると、私は基本的にはノーだと思います。

ただし、後述していきますが、教育政策に大いに貢献する可能性がある問に巡り合えたのであれば、それは現場に迷惑をお願いして、本来貧しい子供達の教育リソースになるものをぶんどる形になったとしても、ランダム化を実施する価値があると私は考えています。なので、何となく自分を分類するなら、RCT推進穏健派であり、決してRCT反対派ではないし、ランダム化は目の前の子供を犠牲にするかもしれないが未来の大勢の子供達を救うと安易に言ってしまうRCT推進過激派でもないと思っています。

といった話をする中で、ランダム化ランダム化と雖も、実は米国内で教育政策のために行政主導でランダム化が行われたのはそれほど多くは無いという点に理事の山田が引っかかりました。途上国での教育研究でランダム化が多く見られるのは、やはり援助する側ーされる側という力関係に支えられてランダム化を実施できるという側面があります。では米国内に先進国と途上国の援助する側ーされる側の程の強力な力関係が存在しているかと言われると、基本的にはありませんでした。これが米国内で思ったよりもランダム化が行われていない理由の一つですが、ここまで強力な力関係ではないものの、そこそこ強力な力関係は米国内のあちこちに存在していて、僅かに実施されている米国内のランダム化を用いた教育政策研究もそこに依拠していたりします。そして、近年では大富豪達や民間企業が米国内でも援助する側ーされる側の力関係を生み出し、そこでランダム化が急速に広がっています。この辺りは、日本でもランダム化を用いた教育政策研究を進めていくうえで参考になると思います。

もっと詳しく語りやがれ!、というリクエストを山田からもらったので、今回はランダム化ランダム化と言うけれども、米国内の教育政策研究のランダム化の実態はどの程度で、どのような所で行われているのか?というお話をしようと思います。

1. 米国内の教育政策研究におけるランダム化は、恐らく一般的に思われているよりも全然行われていない件

前回、「国際教育協力に関する学術誌の話」をしましたが、教育分野でトップジャーナルというわけでは無いですが、Education Researchという学術誌があります。

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