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#71 エマージェンシー・ブロー 〜緊急浮上せよ〜

90年代のハリウッド映画みたいなタイトルをつけてしまった。今日は僕がひそかに好きなもの、潜水艦のアナロジーで人間の心身を語ってみたいと思う。かなり変わった発想なので、多くの人が「?」となりそうだ。



調子を崩した

留学生が調子を崩すのは、現地到着後1ヶ月後、3ヶ月後、半年後とだいたい決まっている。着いて早々は別の国に来た興奮と緊張もあるのでどうにかなる。でも1ヶ月するとその緊張が抜け第一次の不調が来て、身体面の不調が多い気がする。次の3ヶ月後は多くの場合食生活が原因となって、精神面での不調が来る。その次の半年後の不調を乗り越えたら、無事現地住民だ。

僕の場合はドイツ着後2ヶ月ちょっとで、言うならば1ヶ月後と3ヶ月後の不調が同時にやってきた。風邪の症状があり、咳や鼻詰まりがひどく、しかしそれよりももっと精神的な不調が厳しかった。人によって内容は異なるようだが、僕の場合はちゃんと寝てちゃんと食べても読んでいる論文の内容が頭に入ってこなくなった。オーバーヒートを防ぐために、頭が情報処理をお断りした状態だ。さてどうしようか、やれやれ、と途方に暮れた。

とりあえず休んでみる

ドイツでは有給休暇と有休の病欠は別扱いだ。一緒にすると有休を減らさないために仕事を休まない人が増え、悪循環に陥ってしまう。他の職場がどうかは分からないが、うちの大学では3日までは診断書なしで有休での病欠が認められている。
 全員のスケジュールがオンラインで共有されているが、みんなちょっと調子が悪いと「3日間休みます」という感じでバンバン休んでいる。お給料は減らない。なのでとりあえず3日間休んでみた。

助けになる人、ならない人

外国にいると、こういう時誰に頼るかは重要問題だ。骨折したとか手術が必要だとかになれば家族に頼らざるを得ないが、この種の不調は母国暮らしだと分かりづらく、必要以上に心配させるわけにもいかない。僕も含めて多くの場合、家族や学校の先生には頼れない。教師時代、高校留学で送り出した一人の生徒が、ぼろぼろになるまで家族にも学校にも何も言えず、留学を中断して帰ってきたことを思い出した。


一時期熱中した、潜水艦映画

ここでなぜか、一時期熱中してたくさん観た潜水艦映画での描写を思い出した。潜水艦のどこかが故障して自由が効かなくなり、母港に戻ることが叶わない場合どうするか?海底に軟着地して動力系を止め、余計な酸素と燃料を消費しないようにして修理するそうだ。その方が敵軍にも見つかりにくい。さて、これが何かヒントにならないか、と考えた。

人間と人間の創造物の類似性

人間と機械などを比べて、漠然と「人間と機械は違う」「人間は機械ほど単純ではない」という人がいるが、果たしてそうだろうか?確かに、最近の各種システムは要求する計算量が増えており、大規模データセンターなら専用の発電所を必要とするほど電力を消費する。一方、人間の脳はサイズもバレーボール程度で、エネルギーもマクドナルドのハンバーガーで大丈夫なので(笑)、この能率の違いは全くのケタちがいだ。

しかし実は、人間の脳と最新 AI の動作機序は多少似た部分がある。ChatGPT などにも使われているディープ・ニューラル・ネットワークの歴史は、実は人間の脳細胞の働き(ニューロンの発火現象)を数学的に模すところから始まっている。そこでこう考えてみた。多少疑似科学的になるが許してほしい。

子どもが親に似るように、人間が作ったものは、何かしら人間に似た要素を持つ

さすがに第一次産業革命、つまり蒸気機関による動力ではそれは見出しづらいかもしれない。しかし日々の AI 研究の中で、最先端科学技術になればなるほど、その傾向が強まってきているのではないかと感じていた。


では、逆転の発想!

さて、今話した「人間と人間の創造物の類似性」が、留学後2ヶ月で調子を崩した自分自身と何の関係があるのか?はたまた潜水艦にどう結びつくのか?実はこれをある日夕食を食べながら考えた。「よし、食べ終わるまでに解決法を見つけるぞ」と決め、手当たり次第調べて、予定通りヒントを見つけた😎それは、

人間のための解決法が見出せない場合は、
人間が作ったもののための解決法を考えればいい。手法の逆輸入ができるはず。

ということだった。これでもまだ「?」だと思う。

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エマージェンシー・ブロー

潜水艦は水中にいるため、例えば電気系統が故障すると海水の電気分解、すなわち酸素の生成ができなくなり、乗員の命に関わる。ということは、絶体絶命の危機の場合は、たとえ他国の領海であっても、「まずは海面に浮上する」ことを最優先せざるを得ない。さすがに「軍事機密のために乗組員が犠牲になれ」とは現在は言えないので(注)、すべてをあきらめて緊急浮上するわけだ。これがタイトルの「エマージェンシー・ブロー」だ。

エマージェンシー・ブローで潜水艦が海面に浮上した瞬間。浮上の原理は、お風呂にゴムボールを沈めて手をはなすと一気に浮き上がるのと同じ。スクリューを回して浮上するのではなく、浮力で一気に浮き上がる

自分の今の調子の悪さは、どこにも出られなくなった海底の潜水艦のようだと思っていたので、この「エマージェンシー・ブロー」をやればいいのではないか、どういう仕組みになっているのだろう、と考えたわけだ。
 体調不良時に医者が書いたアドバイスを読むのではなく、潜水艦のシステムについて何時間も調べるのは、かなりの変わり者だと思う。でも、絶対にそこにヒントがある、と確信していた。思考回路を復習すると、

潜水艦は人間の知恵の集大成 = 人間との共通点があるはず
潜水艦の修理方法で、人間の不調も治せるはず

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「逃げ恥スイッチ」の構造

とにかく最大速度で海面まで浮上する「エマージェンシー・ブロー」のスイッチは、米海軍隠語で「チキン・スイッチ」と言う。「チキン」は臆病者の意味なので、日本語に分かりやすく訳すなら、「逃げ恥スイッチ」だ。相手軍の捕虜になるかもしれないので恥だが、命は助かるので役に立つ。

このスイッチの構造がすごい。電気系統、油圧系統、コンピュータ・システムの3つ全てが故障しても動くように、なんと「完全独立」の機械式システムなのだ!米海軍がこのシステムを作動させる時の動画がある。原子力潜水艦ケンタッキーの内部映像だ。“Chicken switch” がコンピュータ・システムと接続されておらず、機械式のレバーであることがわかる。

「完全独立」なら、人間に当てはめれば、体調がどうの、興味関心がどうの、人間関係がどうの、に全く関係なく海面に浮上(=とりあえず毎日の仕事に戻れる)はずだ。さて、あとはシステムの動作機序を勉強するのみだ。

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空気を入れ、余計なおもりを捨てる

潜水艦の船体外殻は二重構造で、二層の間に海水を入れれば沈み、抜けば浮くという構造になっている。「エマージェンシー・ブロー」の「ブロー」は、圧縮空気を強制的に二層の間に入れる(ブロー)ことから名付けられている。つまり、内殻・外殻の間に「空気をたくさん取り入れて」「重い水を捨てる」ことにより浮上できるわけだ。これを知った時、先月ハーフマラソン以来の疑問が解けた。


深呼吸と食生活の見直し

人間はストレスが増すと呼吸が浅くなることが知られている。呼吸が浅くなると取り込める酸素の量が減るので脈拍数が上がる。先の投稿「#57 コペンハーゲン・ハーフマラソン🇩🇰結果報告とその教訓」では、マラソンでの脈拍が危険域である190まで達したことについて書いた。

ここしばらくは、安静時脈拍も90程度で、全体的に頻脈傾向があった。考えると、日本ではストレッチをしながらやっていた深呼吸の習慣がドイツ到着後なくなっていることを思い出した。

なるほど、取り入れる空気の量が減っていたから、脈拍も上がり、沈んだのか

人間と潜水艦は同じだった。さらに、ドイツに来てから食生活ががらっと変わった。揚げ物の比率が高く、量も多い。単純に余計なおもりを溜め込んでしまって沈んだということだろう。

深呼吸あるいは呼吸瞑想を取り入れ、食事の質を改善し、日本にいた頃の量に戻す
そうすれば人間も潜水艦と同じように、自然と海面に浮上する

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これが潜水艦の「エマージェンシー・ブロー」を人間に逆応用した答えだった。「生活習慣を見直しましょうね」という当たり前のことではあるが、僕は自分の思考回路で考えて、「呼吸と食」という結論が出たことが嬉しかった。そんな時、友人のブログでこんな記事を読んだ。引用させてもらう。

超越瞑想®を取り入れたら食べる量が自然と減ったと書いている。「これだ!間違いない!」と思った。呼吸器と消化器は精神を介してつながっている。

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最後は引き上げてもらった

朝、昼(大学なのでトイレで)、寝る前と5分間の呼吸瞑想を取り入れ(Apple Watch アプリ利用)、食事の内容も変えた(その健康的な食事の一つが、前回の投稿のロヒケイットだった)。すると同じ条件で測った安静時脈拍は 90 → 71 へ下がった。しかし土日に3日間の病欠を合わせて5日間大学から離れていたので、最後は友人2人に引き上げてもらった。実際には、オンラインで1時間ほど3人で話して、それでどうにか最終浮上したというわけだ。

留学生へのアドバイス

自分が教えていた生徒にも同じことを言ったが、留学中は「家族より遠く、全くの他人より近い」中途半端な距離感の友人がとても大切だ。できれば同国人がいい。そして遠慮なく「今しんどいから、助けてほしい!」と言うこと。
 今回僕はその友人2人に「しんどい、しんどい」と散々わめき散らして、助けてもらった。迷惑をかけたが、逆の立場になったら「今度は僕が助けるよ」と思えるので、それでよしとして欲しい。2人ともどうもありがとう!

人間の知恵の詰まった創造物には、他にも飛行機やコンピュータ、AI システムがある。何かに困った時、「機械の中では何が起きているかな?」と見てみると、意外と解決策が隠されているかもしれない。産みの母は人間なのだから。

今日もお読みくださって、ありがとうございました🚢
(2023年10月15日)

(注)2000年にロシアの原子力潜水艦「クルスク」が積載していた魚雷爆発のためバレンツ海で沈没した。その際は、エマージェンシー・ブローが使えず、西側諸国が救助を申し入れたものの、ロシア当局は軍事機密を優先し、途中まで生存していた23名を含む乗員118人全員の命が失われた。2022年日本公開の映画『潜水艦クルスクの生存者たち』はこの実話に基づいた映画である。今回のエッセイを書きながら、バレンツ海に散った彼等のことを思った。

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