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#75 乗れなかった、銀河鉄道999

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』と、メーテルリンクの『青い鳥』に着想を得た、松本零士作のSF漫画・アニメシリーズ『銀河鉄道999』。漫画よりもアニメの印象が強い人が多いと思うが、放送がスタートしたのは1978年、45年も前である。今日は、その銀河鉄道999に乗り損ねた話だ。(ヘッダ写真はこちらの新聞記事より)


スリーナインに乗れる人

『銀河鉄道999』に具体的な描写があったかどうか記憶が定かでないが、銀河鉄道に乗れるのは限られた人であったはずだ。主人公の少年鉄郎は謎の女性メーテルから999の切符をもらったとされているが、切符だけ持っていれば乗れるというものでもなさそうだ。なんというか、「弟子に準備ができた時、師が現れる」に似て、「乗る人に準備ができた時、999が現れる」という暗黙の設定な気がする。


シュトゥットガルトの友人を訪ねて

寒くなってきたので冬物衣料を買いたかったことと、10月に再会して話そうと約束していた友人が住んでいることから、ドイツ南部の都市シュトゥットガルトを訪ねることにした。シュトゥットガルトにはユニクロの大型店舗があるので、手頃な値段でセーターやフリースが買えるはずだ。ドイツ国鉄のウェブサイトでドイツ新幹線 ICE (= InterCity Express) のチケットを取った。列車番号はなんと ICE999。銀河鉄道999みたいで、かっこいいではないか!

シュトゥットガルト中央駅行き、ICE999列車

当日は「ICE999」の列車番号表示の写真を撮ろうとわくわくして、早めにホームへ下りた。シュトゥットガルトへ行くだけなのだが、「999」に乗れるというのが嬉しくて、子供のようにワクワクした。作品を記念した観光列車ではなく、ちゃんと目的地のある現役の列車であるところが気に入った。ちなみに、『銀河鉄道999』をモチーフにした企画列車はこんなにたくさん、海外にもある!

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ドイツ国鉄の現状

ドイツに住んでいる人なら大体知っていることだが、ドイツ国鉄はあてにならない。定時運行率世界一を誇る日本のJRにアドバイスを請うたものの、「ドイツでは無理」と投げ出した過去もある。1時間遅れるなんていうのはざらで、時間通りに着くと「運が良かったね」という感じだ。午前10時37分発予定の ICE999 が 10時40分になって来なくても、そういう事情なのであまり気に留めなかった。

しかししばらくすると、ICE999 に乗ろうと集まっていた乗客たちが、ざわざわして歩き始めた。アプリを見ると、「この列車はキャンセルされました」とのこと。出発予定時間を過ぎるまで待たされて、その挙句「この列車は来ません」だ。それでも誰も文句も言わずに次の方法を考える。「文句を言うより次の方法を考える」ドイツ人気質は、ひょっとしてドイツ国鉄が生んだ文化か?

在来線でマンハイムへ

友人との約束もあるし、ユニクロへはやはり行きたかったので、次の普通列車でマンハイムまで出て、そこからシュトゥットガルトまで別の ICE に乗ることにした。当然、ICE999 に乗るはずの乗客がほぼみんなその普通列車に殺到したので、中は日本の通勤電車のような激混み。男性が一人、気持ち悪くなって倒れて運ばれていた(そういう時も、駅員の力を借りず、周囲の乗客がちゃちゃっと救助をこなすところがドイツ流)。それでもどうにか乗り込んで、マンハイムまで約1時間の旅が始まった。

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満員電車で、立ったまま宴会⁈

車内では、「押すな、どけ!」的な言い合いと同時に、興奮して奇声を上げる人がいる。しばらくすると、二十歳前後と思われる若者のグループが、満員電車の中でプラスチックコップを取り出し、立ったままリンゴ酒を炭酸水で割ったものを飲み始めた。
 立ったままミックスドリンクを作って飲むとは、夜の車内飲酒で有名なJR常磐線も真っ青だ。大声で話し、笑い、いい迷惑だ。何かのグループらしく、自分たちのグループ名がデザインされたステッカーを持ち込んで、あろうことか列車内に次々と貼り始めた。周囲の大人たちはみんな顔をしかめている。

中でも露骨に嫌な顔をしていたのは、席に座れていた60代前後のきちんとした身なりのご夫婦。若者たちが好き放題している目の前で、腕を組み目を合わせないようにしながらも、無言の抗議をしていた。その顔を見て、僕も同じような顔になっていたと思う。


上機嫌力は人間力

マンハイムまであと20分前後になった頃、車内の一触即発の雰囲気はピークに達した。ヒートアップしてリンゴ酒の炭酸水割りでは飽き足らずシュナップス(度数の高い蒸留酒)を取り出して飲み始める若者、顔をしかめる大人たち。でもその時、意外なことが起こった。

場の中央で腕組みをして顔をしかめていた例の60代夫婦が、その若者たちと話を始めたのだ。それもとてもいい笑顔で。最初に男性が話しかけ、奥様もそれに続いた。周囲は、あの夫婦が若者たちを怒鳴りつけてトラブルになることを心配していたはずだが、その逆のことが起きた。
 若者たちはそのご夫婦と話し始め、二人の笑顔を見て、周囲も和んだ。そしていい雰囲気の中、列車はマンハイムに到着した。「みんなありがとう、楽しかったぜ」的なことを言って、若者たちは降りていった。気持ちよかった。

あのご夫婦が表情を変えたことで、僕を始め周囲の人たちの表情も変わった。トラブル勃発か?という雰囲気は数分で消えた。人間の笑顔と「会話」にはこれほどの力があるのか、と驚いた。同時に、日本で同じ状態になったら、あの夫婦の役割を果たす人はいるだろうか、自分にできるだろうか、と思った。先の投稿「#46 かもめ食堂 in ヘルシンキ🇫🇮」でも書いたが、笑顔の持つ力は計り知れない。

次の銀河鉄道に乗れるように

ドイツ国鉄はたまに列車番号の再編を行う。ICE999 がなくなったり、あるいはダルムシュタットを通らなくなったりする可能性もある。今のうちに、どうしても乗ってみたい。
 勝手な妄想だが、今回はあの満員列車の中で微笑む余裕が自分になかったから、スリーナインは現れてくれなかったと解釈することにした。いつかもっと生活にも研究にも周囲にも余裕を持てるようになったら、きっと ICE999 は時間通りにやってくるに違いない。

友人とは、11月末に有名なシュトゥットガルトのクリスマスマーケットと、現地で日本人が営む鰻屋さんへ行こうと約束した(ドイツでも鰻を食べる習慣がある)。渋い顔をして下を向いていては、幸運の女神の前髪は見えないし、銀河鉄道にも乗れないので、もう少し、上機嫌力、微笑み力を磨いておこうと思う。

今日もお読みくださって、ありがとうございました💫
(2023年10月23日)

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