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#96 旅するレッスン 〜ドイツ・エスリンゲン〜

生まれてから今まで、ほとんど旅行をしたことがない。もちろん、「おばあちゃん家に行く」「家族で海水浴に行く」あるいは教師時代に、「修学旅行を引率する」などは経験したが、いわゆる「観光旅行」は数えるほどしかしていない。
 そんな僕が先週末、友人から「旅の仕方」のレッスンを受けた。場所は、ドイツ南部のエスリンゲン。


よく考えてみると

大学4年間で、旅行は一度もしなかったと思う。学習塾で講師をしていたが、そこで英語と数学を教えるのがとにかく楽しく、旅行に行きたいという気持ちにならなかった。同時に音楽が好きで、塾講師で稼いだお金はほぼ全て楽器に使ったので、旅行に使うお金そのものがなかったということもある。

しかし、旅行ではなく仕事ではあちこちへ行った。音楽関係の会社には二社勤めたが、最初の仕事では多い時は年間100日以上、20カ国以上を回ったこともある。二番目の仕事では物流関係を担当したので、中国と香港に毎年数度ずつ行った。
 しかし、出張では仕事に必要な場所しか回らない。空港に取引先が迎えにきてそのまま事務所へ直行、商談を終えたらレストランでビジネス・ディナー、翌日は店舗で楽器の展示イベント、翌日には次の国に移動、というような感じだ。ロンドンへは5回ほど行ったはずだが、ビッグ・ベンは一度も見ていない。


熟練トラベラー

そんな僕の周囲には、なぜか熟練トラベラーが多い。この間の土日も、そんな一人の友人に誘われて、彼女の住むドイツ、シュトゥットガルトを訪ねた。住んでいるダルムシュタットから、ドイツ新幹線 ICE で1時間ちょっとで着く。車が好きな人なら、メルセデス・ベンツとポルシェの本拠地としてご存知かもしれない。
 土曜日の夜に日本食レストランで待ち合わせて、翌日は一日彼女が案内してくれることになっていた。「トオルはいつも部屋にこもってばかりいるから」と連れ出してくれたというわけだ。彼女もシュトゥットガルト大学で AI の研究員をしている。先日、世界最高峰の国際会議に論文を通した、とびきりの才女でもある。

シュトゥットガルト大学〜前日に大雪が降った

ウナギは関西風

旅の紹介の前に、前夜祭?として待ち合わせた日本食レストランを紹介したい。目当ては海外で初のうな重!ウナギは関西と関東で調理方法が異なるが、この店のウナギは関西風だった。
 関西では、ウナギは蒸さずに生からいきなり焼き、タレは甘味が強い。関東では蒸してから焼くので箸でほろっと切れる柔らかさになり、タレも醤油味の方が効いている。ちなみに、この店のうな重は今のレートで一人前約7,700円、生まれてからこれまでに食べた最も高価なうな重だった。

関西風のうな重だった〜お味噌汁も関西風の味付け

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エスリンゲンのクリスマス・マーケット

翌朝は僕が泊まったホテルのカフェで待ち合わせて一緒に朝ごはんを食べ、夕方の帰りの電車までの時間、シュトゥットガルトの少し東にあるエスリンゲン(Esslingen am Neckar)という街を案内してもらうことになった。あまりに素晴らしいツアーだったので、写真やエピソードと共に紹介したい。

前日の日本食レストランでは僕が支払ったので、彼女は「今日は全部私が出すから、ついてきて」ということになった。その素晴らしいツアーガイドぶりは、駅から始まった。

 僕:シュトゥットガルト市街より外だから、僕はチケット買わなきゃだね〜
彼女:もう私が買った。心配いらないよ!
 僕:(はい、先輩……心の声)

駅を降りると、有名なエスリンゲンのクリスマス・マーケットを目指して大勢の人が歩いていく。日本語も聞こえる。新市街を抜け、旧市街に入ると、絵葉書や紀行番組で見るような景色が開けた。

エスリンゲンの絵葉書と言えば、まずはここ!
聖ディオニス教会〜石壁に木の天井は、パリのノートルダム大聖堂などと同じ造りだ
こちらは聖母教会〜聖ディオニス教会より少し小さいが、水色の天井が美しい
正面左横、少し離れたところにあるステンドグラス〜青が基調で美しい

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ドイツのクリスマス・マーケットは、都市毎に個性がある。名物のグリューワイン(ハーブ入りホットワイン)はどの都市にもあるが、僕の住んでいるダルムシュタットと異なり、エスリンゲンでは赤・白に加えてロゼ、さらに子どもも楽しめるようにノンアルコールのグリューワインもある。

手動で回す観覧車〜もちろん子ども限定!
本物の弓矢で的を狙う〜係員が着ているのはこの地域の民族衣装

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本当は、欲しかったもの

「食べ歩きしよう、お昼もまだだし」と彼女。クリスマスマーケットには多種多様な食べ物の屋台が出ていたが、彼女は「ここの、これが一番の名物」という、ピザのようなものを買ってくれた(写真を撮る前に食べてしまった💦)。
 グリューワインの赤を2つ買って、飲みながら食べた。一人でいると、「美味しそうだな」と思いながら、「でも、わざわざお金を使うことはないかな……」と考えて、お祭りの屋台ものを食べることがなかったことを思い出す。でも本当は、食べたかったのだ。

グリューワインはマグカップ入り〜サンタっぽい衣装が友人!実際は中国の衣装

その後も彼女は、「この店のバニラがかかったピーナツが美味しいの」と豆菓子を買ってくれ、「暖かいうちが美味しいから、今食べて!」と教えてくれる。残りは持って帰ってきて、今食べながらこの記事を書いている。

豆菓子屋さん〜日本にもありそうな雰囲気

食べながら歩いていると、「奥さんにお土産買わなきゃでしょ!」とクリスマス・オーナメントを売っている店に連れて行ってくれた。妻がクリスマスマーケットで売っているオーナメントを欲しがっていることを、なぜか覚えていて案内してくれるところがすごい。手作りのオーナメントが所狭しと並んでいる。

手作りクリスマス・オーナメント屋さん

こういう小物は、日本のお祭りなどで見かけても、「とても可愛いけど、なくても困るものではないから」と思って結局買えずにいた。
 そんな気持ちを分かっていたのか、彼女は、「ほら、こういうものを買うと、ちょっとしあわせになれるんだよ」と言って、僕が選んだ3つを買ってくれた。幼い頃から神社の夜店などを見て歩き、「欲しかったけど、買わなかったもの」を、まるで当時の僕の気持ちを知っているかのように、彼女が渡してくれた。

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中世の騎士には、なりたくない

特徴的だったのは、様々なゲームの屋台があったことだ。彼女は弓矢で的を狙って、あたると商品がもらえるゲームをやりたかったらしい。でも「子どものみ」の表示を見てあきらめる。
 歩いていくと、なかなかすごいものを見つけた。中世の騎士に扮した店員が投げ方を説明してくれる、「斧投げ」だ。こちらは大人のみで、4m ほど離れた的に金属製の斧を6本投げ、3本以上あたると商品がもらえる。はっきり言って、怖い。ここで彼女の出番だ。

彼女:トオル、私は怖いから、あなたやりなさいよ
 僕:いいよ、怖いよ〜
彼女:ダメ、やるの!(そう言いながらすでに料金を支払っている)

係員が上手な英語で説明してくれる。安全な握り方と投げ方、どの地点で手を離すとまっすぐ飛ぶか、など真剣に説明するところがドイツ的だ。実際、アメリカの斧投げ遊技場で事故があった時の映像を見たが、彼が注意してくれたことが守られていなかった。そして最後にこう言われた:

Important is the spin, not the power.
(大切なのは刃先に回転を与えることで、投げる強さではない)

ふと、『トップガン・マーヴェリック』でのルースターのセリフ、“It’s not the plane, it’s the pilot”(大切なのは機じゃない、パイロットだ)を思い出した。刃先をスピンさせると、おそらくジャイロ効果でまっすぐ飛ぶのだろう。

柄の部分も全部金属製の斧を投げる

1、2投目は全くダメで、3投目で的の下にあたった。そこで追加のレッスン!〜肩をまっすぐ伸ばし、腕が一直線に伸びたタイミングでリリースする〜見事4、5、6投目の3本が命中、商品をもらった。商品はカゴにいっぱい入っている天然石から一つ。彼女に好きなものを選んでもらってプレゼントした。

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高級リースリングの産地

クリスマス・マーケット会場を後にして、次は「山に登るよ」と言われ、エスリンゲン市街を見下ろす斜面に広がるブドウ畑と、丘の頂上に立つ昔の城跡を目指した。石畳の道で、かなりの急斜面だ。僕は難なく登っていくが、彼女に呼び止められる。

彼女:あなたどうしてそんなに速いの?体力あるわね
 僕:まあ、マラソンランナーだからね!
彼女:もう少しゆっくりにして〜それから、私のカバン持って!

こちらの畑は赤ワイン用カベルネ・ソーヴィニヨン
こちらがメインのリースリング畑〜中央右に見えるのが聖ディオニス教会

彼女は前年のエスリンゲン・クリスマスマーケットで買ったという欧州の民族衣装を着ていた。実はそれは、「君がそれを着ているところを見たい」と僕が前日夜に言ったからだった。あの格好で急斜面を登るのは大変だったに違いない。
 丘の上から見たエスリンゲンの街は、息をのむほど美しかった。彼女は、「来年の夏、ワインの季節にまた来よう!」と言ってくれた。彼女は甘口ワインしか飲まないので、レストランでボトルを取る時は甘口リースリングになりそうだ。残念ながら、お酒の趣味だけは合わない。

左が聖母教会、中央に聖ディオニス教会が見える
丘の上の景色〜ちょうど太陽が差してきた

丘を降りたら、そろそろ駅へ向かわなければならない時間だった。多くの観光客と一緒に電車に揺られ、20分ほどでシュトゥットガルト中央駅に到着。彼女の自宅はそこから近郊電車(Sバーン)でさらに20分ほど行ったところだ。今日一日、すばらしいツアーガイドとなって、「部屋にこもってばかり」の僕を美しい街に連れ出してくれたお礼を言う。すると、

彼女:電車の中で飲むのに、コーヒーあるといいわよね?
 僕:でも、君はコーヒー飲まないでしょ?
彼女:いいから、あのお店に行こう!

駅のホームにあるカフェに10分ほど並んでコーヒーを買ってくれ、「電車の中で飲んでね」と渡してくれた。

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やさしさはどこから?

朝、僕の電車のチケットを買ってくれたところから、街を案内してくれて、クリスマスマーケットでは自分一人ではできなかった食べ歩きを教えてくれたこと、斧投げゲームをして笑い合ったこと、自分は民族衣装で動きづらいのに一緒に丘の上まで登ってくれたこと、妻へのお土産を買ってくれ、そして別れ際には電車の中で飲むコーヒーまで渡してくれたこと……
 彼女の大きなやさしさはどこから来るのだろう……聞いたこともあるが、彼女の答えはいつも、「だって、あなたは私の友達だから」だ。僕の note 記事も、Google 翻訳で英語にして読んでくれている。実は、この記事も「楽しみに待っている」と言ってくれた。

彼女は26歳でお母さんが僕とほぼ同年齢、友達よりも父親に近い年齢の僕をこんなに大切にしてくれる友人を、僕も精一杯大切にしようと思う。年明けには彼女がダルムシュタットへ来ることになっている。多少は案内できるように、行きつけのパブ(ほぼ40代以上の男性客しかいない)だけでなく、おしゃれなレストランを見つけておこう。彼女好みの甘いカクテルがあることも確認しておこう。

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今日はそんな、娘年齢の友人とドイツ・エスリンゲンを歩きながら、「旅って、こういうものなんだよ」と教えてもらった、「旅するレッスン」の話でした。
ひょっとすると、旅行っていいものなのかもしれない。

ドイツへ旅行される方がいらっしゃれば、ぜひエスリンゲンへ🇩🇪
今日もお読みくださって、ありがとうございました🎄
(2023年12月5日)

サポートってどういうものなのだろう?もしいただけたら、金額の多少に関わらず、うーんと使い道を考えて、そのお金をどう使ったかを note 記事にします☕️