2013年卵巣嚢腫入院記:その9 手伝いするならゆったりと

 この話は、2013年に卵巣嚢腫で入院した時の、私の簡単なメモと記憶を頼りの話なので、医学的な正確性を保証するものではありません。色々な事情で細部を変えていたりぼかしたりしていたりもします。単なる曖昧な体験記と割り切ってください。

前回までのあらすじ
 かなり回復してきて、お見舞いにもふつうの顔をして出迎えられるようになってきたよ。状況を面白おかしく話すと余裕が出るのでオススメ。


 これ以上ないだろってほど順調に経過が進んだので、無事に退院日を迎えることになりました。
 午前中に、入院時での最後の内診がありました。なぜか、それまでずっと問診や執刀を担当していたイケメン医師ではなく、やさしげな女医さんが出てきました。
 結論から言うと、その後の経過観察での通院でもイケメン医師に会うことはもうありませんでした。この病院では、「手術までと、手術後は、担当医を変える」というルールになっていたのでしょうか。

 内診では、婦人科の検診でやるおなじみのアレ、動く椅子に横になった状態で超音波などで中身を調べるやつをやる訳ですが、どうやら少々血腫が残っていたようです。
 実際に内診をしていたのは若い人で、その人が内診を中断してそそくさと女医さんを呼びに行きました。そしてカーテンの向こうで、ヒソヒソ……
「あの、ここに血の固まりが……」
「あのね、手術の後にはこういう血腫が多少出るのが通常だって学んでるでしょ? 問題ありません、こんなことで動揺すると患者さんが恐怖を感じるでしょう!(キビシイ物言い)」
 そして女医さんがカーテンの向こうからほがらかな声で、
「少し血腫が残ってますけれど、これは手術の後ではよく出るものですから、問題ないですよ〜!経過はとても順調です♡」
と告げてきました。

 まあ、確かに、こういう時に検査してる人や医師が顔をくもらせたり「あっコレは……」みたいなことを言い出すと、患者はみるみる悪い想像に落ち込むので、女医さんの指導はよくわかります。
 よくわかりますが、個人的にはカーテンの向こうで私が理由で怒られてる人がいる……と感じる方が気が重かったです(笑)。指導は見えないところでやってください。あとあの時の若い方、私は全然大丈夫ですので、これに懲りずに怯えずに頑張って生きていってください。もう10年も前の話だから今言ってもしょうがないけど。もしかしたら、今はもうキビシク指導してる側になったりしてな……。

 内診が終わり、その後、手術の経過説明がありました。今は手術の経過の様子が逐一写真に撮られ、そのデジタル画像を見せられながら「ここに嚢腫があって……この筋腫をこのようにレーザーで焼きまして……」と説明されるのです。
 赤い内蔵がレーザーでじりじり焼かれてる場面などがバッチリ写っており、とてもなまなましいです。【閲覧注意】ってタグつけないと失神する人とかいないのだろうか。私の場合、別にそういうことはなく、浮かんだ感想は
「焼き肉屋さん感があるな……」
という間抜けなものでした。肉を焼く匂いと煙が脳裏をよぎりました。じゅうじゅう。

★★★

 全ての診察が無事に終了し、ハイ退院!……なのですが。
 最後の難関が待っていました。会計処理です。
 入院ともなるとさすがにポイッと払える金額ではなく、不正利用されるのが怖くてギリギリの低い限度額に設定している私のクレジットカードで払えない金額になってしまったので、12時ごろにつれあいが支払いのために来てくれました。
 ……くれたのですが、会計処理が全然回ってきません。

 待ちます。
 待ちます。
 待ちます。
 さらに待ちます。

 ……全く順番が回ってきません。私にできることは何もないので待つしか出来ない。

 待ってる途中に、見舞いに来てくれたのとは別の友人が、「今日退院だって?」と携帯電話に連絡してきてくれました。
「そうです。今会計待ちです」
「必要だったら、クルマで迎えに行こうか?」
 もともとタクシーで帰ろうと思っていたところ。クルマを出してもらえるならそれはそれでありがたいかな……と一瞬思ったのですが。
「何時に行けばいい? あとどれくらいかかるの? どこにクルマを停めておけばいいの?」
と矢継ぎ早に尋ねられました。
 いや……会計が何時に終わるかすらわからない私に、そんなことがわかるはずもないです……。
 忙しい友人に来てもらうのは、かえってお互いの気持ちの負担になりそうだったので、結局気持ちだけ受け取ってクルマは断りました。

 仕事を一時的に抜けているつれあいが、さすがに心配、というかぴりぴりした空気になってくるのが伝わってきました。
「いつになったら会計来るの?」
「いやまぁ、大きい病院だし、向こうも大変なんじゃないの……」
「……ちょっと確認してくる」
 14時を過ぎたところで堪忍袋の緒が切れたか、つれあいがナースセンターに突撃していきました。
 クレームを入れた人間から処理がされる。これが日本の悪弊です(笑)。ほどなくして会計処理の順番が回ってきて、つれあいが光の速さで会計を支払い、「じゃ、急いで仕事行ってくる!」とすっとんでいきました。色々すまんかった。

★★★

 もしもあなたが、これからの人生で身近な人の通院や入院を手助けするようなことがありましたら。ひとつ覚えておいてください。
 病院という場所は、時間に関して、なにひとつ事前の想像・予定・説明の通りには進みません。もともとオーバーワークな現場に、ありとあらゆる突発的な出来事がカットインしてくるところです。それを作り出す構造的な問題は、大きな社会的課題としてみんなで解決していくとして、今この瞬間の個々の患者レベルでは、できることはほとんどなく、「予定通りの時間では済まない」という宇宙のように広い心で待つよりほかありません。

 時間にタイトな申し出は、逆に負担になりがち。
 
ここ試験に出ます。患者の手伝いをする時には、前後に予定を入れず、最大限の時間の余裕を持って、どんと構えておきましょう。でないと、患者は自分の心配に加えて、イライラするあなたへの気遣いという任務まで背負うことになってしまいます。

 ちなみに「予定通りの時間では済まない」というのは、逆にめっちゃスムーズに進み過ぎて予定が早く終わってしまう、というケースもあるということです(笑)。
 とにかく、現代社会のビジネスマンみたいな時間感覚で臨むと、余計なストレスにパンチキックゴブラツイストされるのが、病院という世界です。

 私にとって、この経験は得がたいものとなりました。
 その後、父の病院の付き添いをすることも人生で起こるようになりましたが、待ち時間や診察時間が長くても問題ないように、自分の予定を調整して気持ちをゆったり持って臨むようにしています。当事者の親の方が「まだなのか」とハラハラし始めるのをむしろ私が「大丈夫大丈夫」と笑顔でなだめられるようになりました。大して役にも立たない私という人間が、唯一できている親孝行です。

★★★

 ひとりになって病院をとことこ出て。
 普段なら鉄道で自宅の最寄り駅まで行くところですが、荷物も多かったですし疲れていたので、病院の前で客待ちをしていたタクシーを拾って自宅まで乗せてもらいました。病院にはタクシーがほぼいつもいる、というのはありがたいことだと思います。
 帰宅したら、それまでの肉体的疲労と、そして気疲れによる精神的疲労がどっと来て、洗濯物の始末もそこそこに、ベッドに倒れ込んでずっと寝てました。torneいビデオ録画して貯め込んでいた「ブラタモリ」コレクションを無限再生しながら……(笑)。

教訓 病院では何も時間通りに進まないから、余裕を持って構えるんだぞ。時間にタイトな申し出は迷惑になる。

この記事が参加している募集

この経験に学べ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?