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『病理医ヤンデルのおおまじめなひとりごと』 医療の本ではなくエッセイとして

『病理医ヤンデルのおおまじめなひとりごと~常識をくつがえす“病院・医者・医療”のリアルな話』,市原真著,大和書房発行,2019年刊行

 タイトルに偽りなし、これほどちゃんとタイトルと内容が一致している本も珍しい。著者が、編集者から与えられたお題に沿って文章を書こうと奮闘する、思考のさまよいを素直につづった「ひとりごと」である。

「ひとりごと」であるために、この本はいわゆる学びや気付きを得る本ではない。なので、医療に関する色々な知識を得たいという前向きな気分で読むべき本ではない。
 とはいえ、そういった要素が皆無という訳ではないから、たとえば「がんとはどういう病気なのか」という大づかみの知識を得たり、医師という職業にまつわる色々な誤解を解いたり、という読み方は一応できる。
 たとえば「医者は金遣いが荒い」という、非医療者からの先入観と思い込みに、著者が翻弄され傷ついた話などは、軽妙な笑える話として書かれている割に、結構粛然とさせられる。

 けれど、やはり「医師や病院とどのように関わっていけばいいのか」「医療をどのように活用していくべきか」という大きな問いに対する答えを与える本ではないので、そういうのを期待して読むとたぶん肩透かしになる。
 ひたすら、著者が「一体自分は何を書けばいいのだろう」というぼやきのもと、右往左往していく日記のようなもので、そういうものを読もうと思って向き合うのがたぶんわかりやすい。

 著者は書き続けていくうちに、最終的にはこの本の中で、いくつかの「自分の使命、役割」にたどりつく。
 それは彼の使命であって私の(そして大半の読者の)使命ではないのだけれど、あたかも物語の登場人物の生き様が現実の人間の心を打つような、晴れ晴れとした感覚を呼び起こす。

 この本は役に立つ本、ではない。
「病理医ヤンデル」が「おおまじめ」なことを一生懸命考えた末の「ひとりごと」を、淡々と時系列につづっていくエッセイである。
 本当に誠実なタイトルだ。
 なのでこの本の評価軸は、エッセイに対するそれであるべきなのだろう。そしてエッセイとして、とても端正にできあがった本だと思う。

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