聖書や神話を知らんと理解できんアートが多いのでエピソード別にまとめてみる(旧約聖書篇20) 〜「アブラハムの復習と、ヤコブの予習」
「1000日チャレンジ」でアートを学んでいるのだけど、西洋美術って、旧約聖書や新約聖書、ギリシャ神話などをちゃんと知らないと、よく理解できないアート、多すぎません? オマージュなんかも含めて。
それじゃつまらないので、アートをもっと楽しむためにも聖書や神話を最低限かつ表層的でいいから知っときたい、という思いが強くなり、代表的なエピソードとそれについてのアートを整理していこうかと。
聖書や神話を網羅したり解釈したりするつもりは毛頭なく、西洋人には常識っぽいあたりを押さえるだけの連載です。あぁこの際私も知っときたいな、という方はおつきあいください。
まずは旧約聖書から始めます。旧約・新約聖書のあと、ギリシャ神話。もしかしたら仏教も。
なお、このシリーズのログはこちらにまとめていきます。
原初の物語もようやく終盤に入っていく。
天地創造、ノアの洪水、アブラハムの物語、と来て、あとはヤコブとヨセフの物語が終わると「創世記」も終わり。
「創世記」って、その字面から「天地創造のあたりかな」と思いがちだけど、旧約聖書はイスラエル民族の歴史書なので、民族の始祖であるアブラハム・ファミリーのあたりは「創世」なんだな。
とはいえね、旧約聖書は39巻あるので、そのうちの第1巻がまだ終わっていない、ということだw
いや、ご安心を。
旧約聖書で「絵のモチーフとなるエピソード」は39巻のうちほんの少しだ。この「旧約聖書篇」の連載自体としては1/5は来たと思っていいかと思う。
さて今回は、「ベストヒット・アブラハム!」の回で出した図をもう一度見つつ、頭の整理をしてみたい。
せっかく「人類史上一番読まれた本であり、人類最大の共通知識である旧約聖書」を追ってるんだから、表層的とは言えども頭に整理して入れときたいもんね。
アブラハム以前を15秒で要約するとこうだ。
神は天地を創り、人を造った。
最初はエデンの園に住んでいた人類の祖アダムとエバは善悪の知識の実を食べて追放されてしまう。
子孫は楽園の外で順調に増えるが、神は人間たちのあまりの不敬と不法に呆れ、大洪水を起こし、ノア・ファミリー以外全滅させる。
そして水が引いてノアが祈りを捧げたとき、「怒りすぎてスマン。もう滅ぼさないからどんどん殖えよ」という誓いの虹を空に架けた。
天地創造。
アダムとエバの創造。
原罪と楽園追放。
カインとアベル。
ノアの大洪水。
バベルの塔。
画家たちが好む題材がたくさんあったのがこの辺。
有名な話が多かったし、追っていくのも楽しかった。
で、その後、イスラエル民族の父、アブラハムが登場する。
彼の子孫の順番は覚えといた方がいいと思う。
「アー、イヤヨー」だw
ア(アブラハム)ー、イ(イサク)ヤ(ヤコブ)ヨ(ヨセフ)ー
さて、アブラハムの物語を絵画とともに「復習」してみよう。
図で言うと、この流れ。
登場人物は、左の系譜にある7人だ。
では、図の順番でざっくりアブラハムの物語を見てみる(ボクが「今日の1枚」として上げた絵と共に)。
あらためて、アブラハムの人生を俯瞰して見直してみると、
アブラハムはマジメだけど消極的な男で、信仰の軸もふらふらしていたけど、いろいろと経験して成長し、「息子を生け贄にする」という試練で信仰の極地に辿りついた
という人生なんだな、と。
そして、神も、そんなふらふらするアブラハムのことを試すために「イサクの犠牲」を求めたのであって、あの試練は必要だったんだな、と。
なんか、アブラハムってボクはいまいち愛せないんだけど、でも、「ある男の成長物語」と取ると、理解はできる。
ということで、復習。
(1)「アブラハムの旅立ち」
アブラハムは、神の啓示に受け、住み慣れた土地を離れ、一族とともに長い旅をして「神から約束された土地カナン」(現在のパレスチナ)に移り住む。
ただ、飢饉にあったらあっさりカナンを離れてエジプトに逃れ、ファラオにウソをついて妻サラを貢いじゃったりするが、なんだかんだあって大金持ちになってカナンの地に戻ってくる。
※改めていろんな絵画とともに読みたい方はこちら。
絵はジェームズ・ティソ。
「エジプトでの悪巧みを相談するアブラハムとサラ」である。
民族の祖にして信仰の父であるアブラハム、いろいろとその人生を見て行くと実は「え〜!」な行動や判断が多いw それを如実に教えてくれる1枚。
(2)「サラとハガル」「割礼の契約」
アブラハムの妻サラは、子どもが生まれないのを苦にし、女奴隷ハガルをアブラハムに抱かせる。
そして息子イシュマエルが生まれるのだが、ハガルは子どもが出来たことを誇り、サラを見下し高慢な態度を見せ始める。
サラは怒り、ハガルをいじめ、ハガルは砂漠に逃げるが、天使に諭され戻ってくる。
ハガルに息子イシュマエルが生まれた後、アブラハムは神に「割礼せよ。これが契約である」と無茶を言われ、男はみんな割礼する。
イシュマエルは13歳で、アブラハムはなんと99歳にして割礼する。
※改めていろんな絵画とともに読みたい方はこちら。
絵はこれまたジェームズ・ティソ。
有名な絵は他にたくさんあるんだけど、ハガル(右)の見下しと、サラ(左)の怒りをちゃんと描いていたティソに一票。
(3)「イサク誕生の予告(三人の御使い)」
ある日、三人の旅人(実は天使)がアブラハムの元を訪れ、「来年の今頃、サラが子どもを生むよ」と告げる。
アブラハムもサラも「そんなアホな。サラは90歳やで。プププ」と笑うが、天使たちは動じない。
「いや、生まれるよ。その子をイサクと名付けるといいよ」
翌年、本当にサラは90歳で初産し、息子イサクを授かる(このときアブラハムは100歳)。
※改めていろんな絵画とともに読みたい方はこちら。
絵はシャガール。
トリオ・ザ・エンジェルがアブラハムの元を訪れ、アブラハムがもてなす場面。左端にサラがいる。美しい絵だなぁ。
(4)「ソドムとゴモラ」
これはアブラハム物語の外伝的。
エジプトからカナンに帰るとき、アブラハムはずっと同行していた甥のロトと別れることにする。
ロトはソドムの街に住むことを選ぶが、ソドムは神への不信心と頽廃、乱交が蔓延る町だった。
天使たちはロトの元を訪れ、「いまからこのひどい町を滅ぼすから逃げよ」と告げる。
ロト家族はなんとか町から逃げるが、妻は「絶対振り返ってはいけない」と神に言われていたのに振り返ってしまい、神に滅ぼされるソドムの惨禍を見てしまう。そして塩の柱になる。
※改めていろんな絵画とともに読みたい方はこちら。
絵はギュスターヴ・ドレ。
版画なんだけど、白黒の画面が逆に想像力を刺激する。ロトの表情がとてもいい。
(5)「ロトと娘たち」
なんとか逃げ切ったロトと娘たち。
ただ、ソドム出身ということで街に住めず、洞窟で暮らしている。
で、このままだと後継者ができないことを悩んだロトの娘ふたりは、父ロトを酔わせて前後不覚に死、順番にレイプし(!)、子孫を得る(ひどい話だ)。
※改めていろんな絵画とともに読みたい方はこちら。
絵はシャガール。
この絵が特に好き、というわけではないけど、他の画家の絵がわりと「むむむ」なので、これを選んだ。だって鬼畜過ぎるエピソードで、絵もなんか共感できないの多いんだもん。
(6)「ハガルとイシュマエルの追放」
一方、カナンに住んでいるアブラハム。
三人の天使の予告通り、90歳にして無事にイサクを生んだサラは、「跡取り問題」で女奴隷ハガルの子イシュマエルが邪魔になる。
で、アブラハムに「あいつ、どっかやって!」と訴え、アブラハムはあろうことかハガルとその子イシュマエルを荒野へと追放してしまう。
ふたりは放浪の末、死ぬ寸前に神に助けられる。
ちなみに、イシュマエルはその後、アラブ民族の祖となる。
イスラム教最大の預言者ムハンマドはイシュマエルの子孫だ。
※改めていろんな絵画とともに読みたい方はこちら。
絵はチェコの画家リシュカ。
追放されたハガルが天を仰ぐ。ちょっときれいすぎる絵ではあるんだけど、なんかいろんな想いを喚起してくれるいい絵かと。
(7)「イサクの犠牲」
ある日、神はアブラハムに「ひとり息子イサクを生け贄として差し出せ」と唐突に命じ、彼の信仰を試す。
アブラハムが山に登り祭壇を作ってイサクを殺そうとしたとき、天使がその手を止める。
アブラハムの深い信仰を知った神は、アブラハムを祝福し、子孫繁栄を約束する。アブラハムが「信仰の父」と言われる由縁。
※改めていろんな絵画とともに読みたい方はこちら。
この絵は有名だね、レンブラント。
父アブラハムの苦悩が一番表情として表れていると思う。イサクの従順さも。いろんな意味でいい絵だし、見ていて飽きない。
(8)「イサクとリベカの結婚」
妻サラも死に、アブラハムはイサクの嫁取りを考える。
で、下僕エリエゼルを故郷に送り、イサクの嫁を探してこいと命ずる。
エリエゼルは故郷の町外れの井戸の側でリベカを見出し、連れ帰ってふたりは結婚する。
その後アブラハムは、175歳でこの世を去り、イサクとイシュマエルによって、マクペラに葬られる。
ちなみに、後年、リベカは、次の主役エサウとヤコブを生む。
※改めていろんな絵画とともに読みたい方はこちら。
絵はシャガールがハープシコードの蓋の裏に描いたもの。
基本、めでたい話なので、この絵を選んだ。画家たちが好んで描いたエピソードなんだけど、意外と他に好きな絵がなく。
・・・ここまでがアブラハムの物語だ。
ざっと頭に入れておくと、やっぱりいろいろ応用が利く。
だって、これらのストーリーは「キリスト教文化圏・イスラム教文化圏・ユダヤ教文化圏では常識」だからね。
つまり、他のアートや、小説、映画などに、本歌取りやオマージュがたくさんあるということだ。
さて、ヤコブの物語のあらすじをざっと「予習」して、今回はオシマイに。
彼は後に「イスラエル」と改名し、イスラエル民族の祖となる重要人物。
登場人物は6人なので、わりとシンプルだ。
では、行ってみよう。
というか、ヤコブ、おまえ本当にイスラエルって改名する価値ある??ってな人物だ。神は見る目があるのだろうか。
(1)エサウとヤコブ
アブラハムの息子イサクと妻リベカに、エサウとヤコブという双子が生まれる。
ふたりは全然似ておらず、エサウは毛むくじゃらで狩りが得意なアウトドア派。ヤコブは内気で賢いインドア派。
エサウは父イサクに可愛がられ、ヤコブは母リベカの寵愛を受けた。
ある日、エサウが狩りから帰るとヤコブが美味しそうな煮物を作っていて、
エサウ「もう腹ペコペコだ。頼む、この煮物をオレにくれ」
ヤコブ「あげたら長子権を譲ってくれますか?」
エサウ「あー、わかったわかった。とにかく喰わせろ」
ヤコブ「いまここで誓ってください!」
エサウ「はいはい、誓う誓う」
と、エサウは「兄の権利」をヤコブに譲ってしまう。
ヤコブ、小ずるいw
こんなヤツがイスラエル民族の祖になるのか・・・
(2)ヤコブを祝福するイサク
イサクも歳をとり、目が見えなくなった。
そこでそろそろ家督を譲るべく、兄エサウを祝福することに決めた。
(祝福は、子孫の繁栄、土地の継承などの神との約束なので、絶対取り消せないし、一回しかできない。←ここ大事!)
で、「エサウよ、今すぐ獲物と獲ってきて美味しい料理を作っておくれ。そしたらオマエを祝福しよう」と言う。
エサウは喜んで外に飛び出すが、それを聴いていたヤコブ派のリベカは面白くない。
ヤコブを呼んで「このままだとエサウが祝福されてしまうから、あなたもすぐ獲物を獲ってきなさい。料理は私がしてあげる。どうせイサク父さんは目が見えないから、あなたがエサウだって偽ればわからないわ。そうしてあなたが祝福を受けちゃいなさい」と悪巧みを持ちかける。
いや〜、超悪いw
でもヤコブは心配する。
「え〜〜、でも僕は毛深くないから、手を触られたらすぐバレちゃうよ」
「大丈夫よ、腕に獣の毛皮をつければ、毛むくじゃらだし、イサク父さんもわからないわ」(マジかw)
そんな雑な仮装とたわいもない芝居に、まんまとイサクは欺されてしまい、ヤコブを祝福してしまう。祝福は一回しかできないから、もう取り返しが付かない。
帰ってきたエサウは激怒し「ヤコブめ、ぜぇ〜ったい殺す!」と息巻いたので、リベカはヤコブを自分の故郷に逃がす。
リベカとヤコブ、あまりに浅薄だし、あまりに小ずるい。
(3)ヤコブの夢(夢のハシゴ)
ヤコブは逃げる。
リベカの故郷へと逃げる。
その途中、荒野で野宿しているとき、天まで届く階段の夢を見た。
その階段は天使たちが上り下りしていた。そして神の声を聞く。
「ヤコブよ。私は今オマエがいる土地をオマエと子孫に与えるぞよ。子孫は砂粒のように増え、各地に広がるぞよ」
(ねぇ、なんでなん? なんで小ずるいヤコブをそんなにえこひいきするん?)
ヤコブは「ここは天の門だ、神の家だ」と恐れ入り、枕にしていた石を記念碑として立てる。
(4)ヤコブとラケル
無事にリベカの故郷についたヤコブはラバン叔父の娘ラケルに一目惚れする。
ラバンから「うちで働くかわりにどんな報酬が欲しい?」と聞かれたヤコブは「ラケルをください。そのかわり7年間タダ働きします!」と答える。
で、マジで7年間働いたヤコブがいざ婚礼の儀をこなし、朝、妻の顔を見たら、実はラケルの姉、醜女のレアであった(これまたひどい話だ)。
ヤコブ「ま、まじ? 叔父さんひどい! 7年もがんばったのに欺すなんてあんまりじゃないですか!」
ラバン「すまんなヤコブ。妹が姉より先に嫁ぐのは御法度なんじゃ。妹のラケルも欲しいなら、あと7年働きなはれ」
・・・ひどすぎる話w
ヤコブは仕方なくあと7年働いてラケルと結婚するが、レアや召使いからは子どもができるけど、ラケルとの間には子どもができず、悩む。
ようやくラケルとの間に出来た子どもはヨセフと名付けられる。
ヨセフは次の主人公。
ヤコブにとって、11番目の子であった。
(5)天使と格闘するヤコブ
ヤコブは、ラバンや親戚との人間関係に悩み、一族を連れてここを離れ、カナンに帰ることにする。
でも、カナンには激怒したエサウがいる。
待ち受けるエサウの怒りを恐れながら旅を始める。
途中、ヤコブはエサウにご機嫌伺いの使者を立てる。
使者「エサウ様は400人のお供を連れてこちらに向かっておられます」
ヤコブ「マジか〜。ぜぇ〜ったい殺される!」
焦ったヤコブはエサウに贈り物を贈ったり、対策に躍起になる。
その夜、ヤコブに何者かが組み付いてきて、ヤコブは無理矢理闘わされた。
その相手は、実は神だった。
神「オマエはもうヤコブではない。神と闘って勝ったのだから、イスラエルと名乗りなさい」
・・・闘う? 勝つ? 神に? 唐突に? なぜ?
疑問だらけだけど、なぜか名画が多いエピソードw
なんじゃこれw
まだ本格的に読んでないけど、読んだら理由がわかるのだろうか?
(6)エサウとの和解
ついに400人のお供を連れたエサウが現れる。
ヤコブは「もうダメだ〜」とビビりまくるが、エサウは「お〜ヤコブ〜、久しぶりだなぁ。無事だったか。よく帰ったなぁ!」と抱きつき、男泣きに泣くのだった。
そう、エサウはあっさりした性格で、昔やられたことなどすっかり水に流していたのだ。(ええ男やーん!)
ヤコブ「兄さん、あの時はごめんなさい!」
エサウ「何のことだ? オレは覚えてないぞ」(ええ男やーん!2)
これは旧約聖書中で一番感動的な場面だと言われているらしいw
そしてエサウは、「じゃあな! ヤコブよ! お互いがんばろうな!」と、颯爽と帰って行くのであった。(ええ男やーん!3)
かっけー、エサウ!
これがヤコブ物語のざっくりした全貌だ。
これをゆっくり見ていこうと思う。
次回は「エサウとヤコブ」。
最後に、お馴染みジェームズ・ティソさんが描いたヤコブを「今日の1枚」として上げて、今日はオシマイ。
おいヤコブ。
小ずるいし、ビビリだし、オマエ、わりとしょーもないぞ!w
・・・「そうかしら〜?」みたいな表情してんじゃねえ!
※
このシリーズのログはこちらにまとめてあります。
※※
間違いなどのご指摘は歓迎ですが、聖書についての解釈の議論をするつもりはありません。あくまでも「アートを楽しむために聖書の表層を知っていく」のが目的なので、すいません。
※※※
この記事で参考・参照しているのは、『ビジュアル図解 聖書と名画』『イラストで読む旧約聖書の物語と絵画』『キリスト教と聖書でたどる世界の名画』『聖書―Color Bible』『巨匠が描いた聖書』『旧約聖書を美術で読む』『新約聖書を美術で読む』『名画でたどる聖人たち』『アート・バイブル』『アート・バイブル2』『聖書物語 旧約篇』『聖書物語 新約篇』『絵画で読む聖書』『中野京子と読み解く名画の謎 旧約・新約聖書篇』 『西洋・日本美術史の基本』『続 西洋・日本美術史の基本』、そしてネット上のいろいろな記事です。
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