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ラグビーのタックルってどんだけ怖いのかって話。


それはまだ世の中にサザンもミスチルもスピッツも存在していなかった頃のこと(いったいどうやって生きていたんだろう)。

ボクは渋谷区にある中高一貫教育の男子校に、受験してなんとか滑り込んだ。

一応、受験校。
校風は自由でぬるくて、みんななんだかおっとりしていた。


そんな中、ボクは校風と正反対みたいな「ラグビー部」に入部した

理由は「中1のクラスの担任の西澤直久先生がたまたまラグビー部の顧問をしていて、いきなり誘われたから」である。

「キミ、カラダ大きいね、ラグビーやらない?」って笑顔でやさしく誘われたのである。



ラ、ラグビー??

いまから45年も前のことである。ネットも検索ももちろんない。
中学1年生の情報源なんてテレビと新聞と旺文社の『中一時代』と学研の『中一コース』くらいなもんである。

だから、ラグビーって言われても実感が湧かない。
ちょうどその年、中村雅俊主演の『われら青春!』というTVドラマが始まり、太陽学園ラグビー部が舞台になるのだが、その時点ではそのことすら知らない。

でも、なんかよくわからないけど「担任教師には逆らわない方がいい」という処世本能の囁きもあり、うっかりハイと言ってしまった

人生なんてそんなもんだ。
思ってもみない流れには乗ってみろ、は、昔からの座右の銘である。



で、気がつくと、同じクラスのカラダ大きめのヤツはみんな西澤先生に誘われ、みんな入部していた。

職権乱用である。パワハラに近い圧力である。

でもあとで事情がわかる。
廃部寸前だったのだ。
中二がふたり、中三がひとり、とかしかいなかったのである。

上で「ラグビー部」と書いたが、正確には「ラグビー同好会」で、まだ部にも昇格していなかった。そのくらい人数が少なかったのだ。

だから、顧問の西澤先生は、なりふり構わず部員を増やしにいったのだろう。

当時の中学ラグビーは15人制ではなく12人制だったので、「とにかく12人揃えて都大会予選に出たい!」というのが、西澤先生の野望だったのだ。


その野望により、自ずとラグビー同好会は中1だらけになった。

一応12人を越えたのでチームはできる。
ただ、中3ひとり。中2ふたり。ラグビー未経験の中1坊主が10人ほど

つまり、レギュラー12名中の9名もが、ルールもわからぬ、ラグビーという競技を昨日まで知らなかったような、ただ担任に誘われて入っただけのヘッポコ中1生になったのである。


そんな状況でも、西澤先生は野望を諦めない。
「ま、なんとかなるんじゃないか」と、いきなり他校との練習試合を組んだのである。

あれは中1の6月くらいだったか。
4月中旬に初めて楕円形のボールに触ったばっかりである。
ツバでボールの表面を磨くことを覚えたばっかりである。

※ 今ではそんなことやらないけど、当時はどのラグビー部も茶色い皮のボールを使っていて、最下級生がツバをペッてボールに吐いて、布でゴシゴシ磨くという、いま思えばとっても汚い風習があった。おそらく日本中の全ラガーマンがそれをやっていた。そしてツバでちゃんと磨くと、ボールは本当にピッカピカに光ったものである。


まだルールもよくわからない。
でも部員は12名ぎりぎりしかいない。

佐藤は・・・そうだな・・・とりあえずフルバックをやって

試合直前、そう告げられた。
たぶん単なる気まぐれw

「フルバックって何をすればいいんですか?」

って訊いたら、中3の先輩に、

「とにかくボールから20メートル後ろにいろ。
 ボールが右に行ったらオマエも右に行く。
 ボールが左に行ったらオマエも左に行く。
 ボールが前に行ったらオマエも前に行く。
 ボールが後ろに行ったらオマエを後ろに下がる。
 とにかくボールから20メートル後ろにいろ」

と、教えられた。

イヤ、チョットマテ、大事ナコトガタクサン抜ケテナイカ。

ボールが自分のところに来たらどうしたらいいのか。
相手がボールもって迫ってきたらどうすればいいのか。

もっと教えて!
なんにもわからない!

でももうタイムリミット。試合開始である。


さて、ようやく本題だ。
いまでも夢に見る。
マジでよく夢に見る。

タックルの恐怖、についてである。

命じられたポジション「フルバック」とは、味方の中でももっとも後ろ、守りの要だ。

一番後ろにポツンといる。
つまり、相手がディフェンスラインを抜け出して走ってくるのを最後の最後で止めて、トライを防ぐヒトである。

もっと言うと、キック力も求められたりするのだが、その時点ではそんなことは無理。というか、何をすればいいか全くわからない。呆然とグラウンドにいるだけ。

言われるがまま、ボールより20メートル後ろを自信なさげにうろうろしていた。

ボールが右に行ったら右へ。
ボールが左に行ったら左へ。
孤独なダンスである。

出てすぐは別に何も起こらなかった。
こんなヘッポコチームの練習試合に選ばれる中学校だ。相手もヘッポコなのである。だから、意外とバックスに回ってこず、フルバックはヒマであった。

このまま何もなく終わるのかな・・・
終わってくれるといいな・・・

そう淡い期待をもったその時!

どっどっどっどっどっどっどっどっどっどっどっ、

バシ〜〜ンッ!





・・・いやー、いまでもマジで夢に見るわ。

でっかくてごつい敵が(中1坊主にはひとつふたつ上級生でもそう見えるものである)、急にディフェンスラインを割って現れ、ボールを抱え、まっすぐどどどと走ってくる。

マジ巨大!マジ速い!マジこえー!

くり返す。
中1坊主にはそう見えるのだ。いま考えたらたかだか中2か中3の男の子であるが、巨大で快速で鬼瓦に見えるのである。

で。
次の瞬間。

左頬に強い衝撃を感じ、ボクは木の葉のように吹っ飛んでいた。


あとで、チームメンバーが教えてくれたけど、ボクはまるでマンガのように吹っ飛んだらしい。

ボクは何をしていいかわからず、とりあえず怖いのでへっぴり腰で、正面から走ってくる彼に抱きつこうとしたらしいのだ(一応これでもタックルだ)。

彼はボクの頬をパーで突く。
いわゆる張り手である。ラグビー用語で言えばハンドオフである。

そして、左頬を支点として、ボクはぐるり180°回って足が上に上がり、しばし空中を漂ったあと、頭から地面にゴギンと落ちた。

失神はしなかったが、失禁はしたかもしれない(汚)。



・・・まぁ聞け。

あのな、キミな。
ロシアやアイルランドやサモアやスコットランドの巨大なガチムチが全力で走ってくるのの足元に飛び込んでタックルするジャパンの選手に、「わー!」って声援したりしてるけど、あれ、「ギャー!」って悲鳴あげるべきところやで。

いやマジで、ほんと、タックルは怖すぎる。

特に正面からタックルに行くのは狂気の沙汰だ。

そのへっぴり腰の抱きつきのおかげで、ボクはしばらく「腰高タックル」と揶揄され笑われたw

でも、そのうちみんなそうは呼ばなくなった。
みんな怖さを順次体験していき、他人のことを笑えなくなったのだ。


野牛のような大きな男の全力疾走に対して、膝あたりを狙って肩から当たりに行き、なんとか腕で捕まえて倒すとか、いやマジほんと無理ゲーだ。

ジャパン戦とか見ていても、テレビを見ながら常にボクは戦慄している。

無理!
ムリムリムリムリ!
えーーー! そこよく飛び込めるなーーーーー!
あ り え な い っ ! ! !


いやマジ、驚愕し、戦慄しながら観ている。
あんな怖すぎることを、日々の訓練の賜物とは言え、普通にやる彼ら・・・

もう、本当に本当に本当に本当に本当に本当に、信じられない。
いったいどんな勇気なんだ。


これを読んでくださっているあなた。
ボクは少しもオーバーに言ってない。

ちょっとだけ想像して欲しい。
たとえばあなたの15メートル向こうに稲垣啓太(日本代表プロップ)が現れて、行く道を邪魔するあなたをぶちまかそうと全力疾走で迫ってくる。

いいですか?
稲垣啓太が全力疾走でどどどどと走ってくるわけです。
ステップ踏んでワタシを避けてくれ、という願いもむなしく、どどどどと正面から迫ってくるわけです。

その回転する膝、もしくは熊のようにごつごつな腰、もしくはゴリラのようなぶりぶりの胸に、あなたは勇気を持って飛び込んで、彼が全筋肉をつかって引き剥がそうとするのをこらえつつ、なんとか倒そうとするのだ。

しかも容赦なく稲垣の丸太のような右手が飛んでくる。
それを避けながら、なんとか喰らいついて倒そうとするのである。

で き ま す か ??

いや、答えをすぐ言うが、常識的に無理なのですよ。
ぜっっったい無理。
無理だ、ということを前提にして、ぜひ次の南ア戦を見てください。

その無理を飛び越えようとする、彼らの勇気を想像しながら観てください。
その恐怖を乗り越える志に胸を熱くして観てください。
ふたりひと組になってなんとか倒し、すぐ起き上がって走り出す彼らの鍛錬を称えながら観てください。

きっと、またひとつ、ラグビーの見方が変わると思う。


・・・そういえば誰かが投稿してた。

今日、プロレスを観に行って、なんか違和感があった、と。
そしてその違和感は「ラグビーワールドカップでもっと激しいボディコンタクトを見続けたからだとわかった」、と。


いやマジ、プロレスがぬるく感じられるレベル

それをボクはヘッポコなりとも実体験しているだけに、「ナイス・タックルー!」とか、むやみやたらに叫べないのである。


あぁ、それにしても・・・すげーなジャパン。



古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。