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継続はボクたちに知らない景色を見せてくれる


続けることは目的ではないけど、とてもいい手段だ。
継続はボクたちに知らない景色を見せてくれる。

ボクはそれを身をもって知っている。

個人サイトを15年、約5500日、毎日更新していた。
それによって、知らない世界が次々と目の前に広がっていった。

単なる無名の会社員だったのが、いつしか寄稿を求められ、本を10冊出し、新聞連載も決まり、東京の偉いさんに引っ張られて転勤し、と、見える景色がどんどん変わっていった。

それってもともと才能があったからじゃないかって?
本業分野ではなく、食や、書評や、バレエ評論とかの世界なのに?

・・・まぁでもそう思うならそれでもいいけど、その才能ってのも「継続しなかったら顕在化しなかった」わけで。

個人サイトを更新し続けていなかったら、今のボクはなかったと断言できる。だって、普通に広告会社で会社員していたら絶対に行き着けない世界だったのだから。


ボクは個人サイト「www.さとなお.com」を1995年に作って、それから15年ちょい、毎日更新していた(東日本大震災の支援活動にのめり込んだあたりから精神的に書けなくなり、更新が飛び飛びになっていったが)。

34歳から49歳までの15年。

34歳のときは、本業(広告)しか取り柄がなかった。
広告もたいした取り柄ではなく、凡庸な普通の広告マンだった。

で、当時、阪神間の夙川に住んでいて、阪神大震災で被災して、その翌年、一年発起して個人サイトを作り、そこから毎日、さまざまなところを更新し続けた。

更新し続けたことで広がった世界を一部ご紹介すると、

●レストラン紹介のコーナーをもっていた
いわゆるレビューである。最後に更新したのは2010年の4月25日だが、その時点で、

・東京のおいしい店リスト(1090店)
・関西のおいしい店リスト( 632店)
・地方のおいしい店リスト( 726店)
・海外のおいしい店リスト( 383店)

計2831 店をレビューしていた。15年の積み重ね。

それまでは、食に関してはもちろん無名である。
でも、この積み重ねを始めて数年で、レストランガイド「ジバラン」を主宰するようになり、食の本を10冊だし(文庫化含む)、朝日新聞にレストラン紹介の連載をし、クレアやヤフーや日経や婦人画報などの雑誌に食連載をもち、ネット上にも寄稿をたくさんするようになった。

この毎日の積み重ねがなければ、そんな展開は絶対に起こらなかった。

●書評のコーナーを持っていた
サイトに書評を毎月書いていた。だいたい10冊〜15冊くらい。これは9年くらい書いた。
なぜ9年で途切れたかというと、2004年初頭の長期海外出張で本を読むことがかなわなくなり、一度更新が途切れ、そこからぐだぐだになったのだ(習慣が途切れるって怖いなぁ)。

これも書き続けるに従い、出版社から声がかかるようになり、いくつかのメディアに書評を書いたりするようになった。週刊文春とか週刊金曜日とか、新聞にもいくつか寄稿したと思う。

これも続けたからこそだ。書いているうちに「ボクなりの書評の型」ができた。ポイントを掴んで上手に書けるようになっていった。初期の文章と後期の文章はまったく感じが違う。続けるとうまくなる。それは間違いない。

自分的に「すごいところまで来たな」と感じたのは、世に「毒舌文芸評論家」と怖れられていた切れ者、斎藤美奈子さんの本「文学的商品学」の文庫版の「解説」を本人から依頼されたこと。ちょっとびびった。

●「さなメモ」というブログを毎日書いていた
これはいまでいうブログである。
毎日更新した。311の震災支援の毎日で書くのが精神的につらくなってやめるまで、15年続けた。

この継続は、さなメモから抜粋した「人生ピロピロ」というエッセイ本(角川文庫)に昇華されたのだが、継続の効用はそれにとどまらない。

とにかくいろんな人が読んで感想をくれ、多いときは1日100通くらい感想をもらい、そこからつきあうようになった友人もとても多い。そして、日々自分の生活や考え方を発信していくことは「信用」につながった

いまでもあのころの「信用」を使っているな、と思うことは多い。
昔毎日読んでくれていた人は、初対面であってもなんか信用してくれるのである。


●他にもサイト内にコラムをたくさん書いていた
たとえば、サイトの中の独立コーナーとして、ちょっと長編の「さぬきうどんをChain Eating」という紀行文を書いた。
当時まだブーム前で、有名でもなく、地方の名産程度のものだったさぬきうどんを体験してびっくりした旅を、日々の更新とは別で連載した。一ヶ月くらいかけてエンディングまでもっていったと思う。

書いてた当時は「単に更新量が増えて苦労が増えるだけだよなぁ。いったい誰が読むのかなぁ。でもさぬきうどんについてはあの驚きの体験をみんなに伝えたいしなぁ」と思って書いていただけである。読者なんて期待してなかった。

ら、すごいアクセスが集まり、人気コンテンツとなり、そのうち出版社から声もかかり、「コスモの本」というところから出版が決まった(文庫は光文社知恵の森文庫)。

たぶん、サイトに書いた文章が本になったのは、ボクが日本で最初か二番目か、である。誰が書いたかわからないようなネット上のコンテンツを本にする、なんて発想が当時の出版社にはまだなかったのである。

他にも、CDや映画のコラムをコツコツ書きためていた。
そこから、映画評を書いてくれ、とか、音楽評を書いてくれ、とかはもちろん、試写会の招待やコンサートの招待もとても増えた。あげくバレエ・コラムを来日公演パンフに書いたりもした。



なんだ、言うわりにたいした景色じゃないじゃん、って思う人もいるよね。
それはそう。

ただ、どれもこれも「15年前には自分がやるなんて思いもしなかったことだらけ」なのはわかっていただけると思う

そして、ボクの人生は格段にカラフルになり、次々と新しい人が現れ、楽しい結びつきがどんどん増えていった。

アウトプットはインプットを呼ぶので、インプットが飛躍的に増大したのも、いまの人生をとても豊かにしてくれている。


って、なんで急にこんなことを書いているかというと、7月に「久しぶりに毎日更新を再開してみよう」と、noteを更新し始めて、今日で100日になるのである(1000日チャレンジの一環です)。

noteってサービスは、更新時になにかしらメッセージをくれるのだが、今日のメッセージがこれ。

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※いったん更新したあとにこのキャプチャーを撮り、貼り付けました。


15年間毎日更新、つまり約5500日間、毎日更新し続けた経験があるボクではあるけれど、この再開は意外と大変でw、たった100日の更新でもヒーヒー言っているのが現状ではある。

ただ、やはり、毎日書くと、それなりに効果が出てくるな、と実感している。

まず、文章がだんだんまた書けるようになってきた。

ここ5年ほど書くのをさぼっていたこともあり、文章力が落ちているのを身に沁みて感じていたのだけど、ようやく少しずつ戻ってきたなと思う。

そして、毎日何かしら発信をすると決めたことで、毎日の小さな出来事を深く見つめる視線が戻ってきた。

そして。
たぶん、この継続は、またボクに、思っても見ない景色を見せてくれることだろう。


わりと仕事が大変になってきたので、「毎日」というのはどっかで途切れてしまうかもしれないけど、いったん途切れると、自分に言い訳して少しずつサボるようになるのは過去に経験済み。

そうならないように、もし「毎日」が途切れても、「絶対に3日に一回は書く」とか決めて、習慣は途切らせないようにしたいと思う。

ということで、これからもよろしくお願いします。



そんなに更新しつづけた個人サイトから、どうしてnoteに移ってきたのかは、こちらに。



古めの喫茶店(ただし禁煙)で文章を書くのが好きです。いただいたサポートは美味しいコーヒー代に使わせていただき、ゆっくりと文章を練りたいと思います。ありがとうございます。