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【読書のキロク】結局、私たちって、どう学んでいるの?

こんにちは、"もっちゃん"です。
読書の春ということで、今年度の初めは読書に時間をかけています。

◯今回読んだ書籍
『私たちはどう学んでいるのか 創発から見る認知の変化』
著者:鈴木宏昭 ちくまプリマー新書

とても面白い本です。昨日読んだ本の中に少し引用されていたので、思い出して読んでしまいました。私としては2週目になります。とっておいて良かった。
ちなみに昨日読んだ本についてはこちらを参照してください。

では、ほんの少し内容についても触れたいと思います。
キロクとはいえ、あまり内容に言及しすぎるとネタバレになってしまうので、少しだけにします。
私としては、この本はとてもオススメなので、ぜひ読んでいただきたいです。

気になるポイント①知識はモノではなくコト

読むのも2週目ではあるし、以前から聞いていた「創発」という言葉。
みなさんはご存知でしょうか?
本書では、「創発」という言葉は
「あらゆる認知的変化は、多様なリソース・揺らぎ・環境が生み出す創発である」といった文脈の中で用いられています。

簡単に言えば〜と説明できれば良いのですが、難しい!
この本ではあらゆる実験や文献を例に、創発によって生じる認知的変化について説明しています。その1つの例が「知識」。

少しだけ引用させていただきます。

知識は伝わらない。なぜならそれは主体が自らの持つ認知的リソース、環境の提供するリソースの中で創発するものだからだ。(中略)だから知識はモノのように捉えてはならず、絶えずその場で作り出されるという意味で、コトとして捉えなければならない。

『私たちはどう学んでいるのか』本文pp45-46

少しイメージがわくでしょうか。我々の言っていた「知識」というものは、伝えるモノではなく、その場で生じるコト。

こうした捉え方は、教員である私にとっては目からウロコ。
多くの教員の方にとってもインパクトのある主張だと思います。

さらに著者は、同様に「能力」についても”虚構”であると言っています。
「資質・能力」の育成に向けて日々尽力している我々は、どう考えたら良いのでしょうか。

気になるポイント②発達・上達・ひらめき

本文で筆者は認知的変化に関して、「発達」「上達」として、それぞれ異なる捉え方をしています。
中学校の教員としては気になるトピックでした。学校の現場でも思い当たる節が多々ありました。

共通することとしては、いずれも大きなうねり(揺らぎ)が、次の創発の土台となっているということです。
なんとなく部活動指導などでスランプに悩む生徒が、その後大きな飛躍を遂げるような姿を思い描き、なんとなく納得できるものでした。

ひらめきについても同様です。
「天才」と呼ばれる偉人だって、何もないところからひらめかない、認知リソースが十分にあって揺らいでいるところに、環境のリソースがきっかけとなって創発する。
何も考えずに木から落ちるリンゴを見ていても、ニュートンのようにはなれないのです。

何かと教訓めいたことを考える機会となりました。


今回は自分の好きな本でもあったので、少し長く書いてしまいました。
読んでくださったみなさん、ありがとうございます。

こんなに読書のキロクばかりしていて、「教職大学院生って暇なの?」と思われないようにしないと…。


まだ最初の方なので、自己紹介はこちらから。


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