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スイカの日

かき氷の日に続き、トップ画像はcanvaから素材を選んで作ってみました。

スイカの日、書くことが果物のスイカが難しいなら、アイスのスイカバーにしようか、でもどうしようかと思っていたところ、両親の友人からこの前、立派なスイカをいただきました。なので早速写真を撮って載せてみました。

この前、いただいたばかりのスイカなので、まだ食べてはいないのですが、絶対に美味しいスイカだと眺めては、小さい頃の懐かしいことを思い出していました。

夏休みによく遠い親戚ん家のところの海で遊んであがったあと、親戚が出してくれたスイカをみんなで集まって食べていました。私は小さい頃、スイカがどうしても食べられませんでした。あの不思議な味がナンダコリャってなってどうしてもだめだったのです。もう小さい頃の自分は、食べ物の好き嫌いハンパありませんね。


親戚のみんなはスイカ美味しいって食べられて、私だけスイカはいいかなって食べずにバニラアイスかチョコのお菓子を頬張ってるなんて過去がありました。何となく置いてけぼりにされた気分の取り残された感(..;)それは今回のスイカのことと違ったカタチで現在に至ってもある感じですね。でも、比べてたらいかんですよね。それぞれみんな大変で考え方と歩んでいる道が違うのだから(x_x)


それより自分自身のやることにしっかり向き合えているのかが問題になっております。時には面倒臭くなっていろいろ後回しにしがちなこともあるけれど、コツコツと一生懸命……ミーン、ジィィィー(セミの鳴き声)外暑いなー。←ほら集中力ないm(_ _)m
取り組みの規模は小さいけれど今出来るところから頑張ります。立ち止まったときは大好きなラジオと音楽とフォーチュン・クエスト、エトセトラだ!

それから、もっと時が経ってからやっとスイカが食べられるようになりました。塩をかけるとさらに甘くなるスイカでしたが、やっぱりそのままの味のスイカが好きになりました。それと、親戚たちに仲間外れにされていたわけじゃなく、自分が壁をつくって一人すみっこでちがうものを食べていた私が、親戚のみんなの輪に入れてスイカが食べられるようになったことが嬉しかったのです。もうスイカが嫌いになれない。そう思いました。


まだ当時の自分、子どもだったので、サザエさんのエンディングの波平さんの真似して親戚たちと口の中に含んだスイカの種をぺぺぺぺって下に敷いてあった古い新聞紙の上に吐いていました(いえ、結局、ぺぺぺぺ連続出来ず種1個ずつぺって感じです)。


今、スーファミのヨッシーアイランドのゲームのことも思い出しました。ヨッシーもスイカを食べて種を敵のモンスターに向けて吐いて攻撃しているシーンみたいなイメージです。それも出来ませんな。あれはぺぺぺぺっていうより、ププププっですもんね(笑)

両親の友人からいただいたスイカを眺めて思い出した過去でした。

でも、無理だったスイカが食べられるようになったように、今は無理でもだんだんなるようになる気もしてくる気がしました。丸いスイカってカットすると形が変わってしまうので、それ以上、手を加えない方が丸く収まって良いんじゃないかって考えが浮かびました。

かといえ、スイカをそのままにしておいても腐ってしまうだけだし、何もしないで今のままの状態をキープって不可能で……。スイカを見ていると、変わっていないように見えて、毎日少しずつ変わっている人や日常みたいにも思えてきました。そして、自分も変わっているかどうか、自分だとよく見えなくて分からないのですよね(´`:)ファンタジー小説の読みすぎかもしれませんが、未来人に自分が数年後どうなっているか教わりたいくらいですよね。

スイカのことでここまでいろいろ考えられるなんて、やっぱり不思議な果物ですね。これ以上、スイカを眺めていると、今度はスイカの模様から花火のことを連想してしまって文が長くなりそうなのでこの辺にしますね。では、また!

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