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#169 読書録 実践経営哲学を読んで

こんにちは!けーたです。

今日は、松下幸之助著「実践経営哲学」の読書メモを残しておきます。

この本がどうして自分の部屋の本棚に並ぶことになったのか経緯は不明です笑 ただし、それなりの時間背表紙だけを見せ続けたのは間違いありません

今日手にとった理由は、「暇と退屈の倫理学」のような何度も何度も行ったり来たりする必要がある読書をする体力が疲れていてなかったからです。

この本自体は、かなり大きな文字と行間が広く、そして172頁と本質的な事は書かれていますが、あっという間に読める本です。

気になったかたはリンクを置いておきます


読み終わって感じた全体感

どこから読んでも学ぶこと、というよりも改めて経営を考えるという事は、人間というモノの深い理解が必要という事と、その上で自分がどうありたいかを考える必要があると考えさせられる良い本でした。

まさに、「事業は人なり」だと感じさせられたし、AIが形式知化された部分のかなりの所を代替していくなかで、何が本質的に人が担うべきか、そんな人をどう育てるべきなのか?を考えさせられました。

やっぱり、自分自身が経験した事で発する事ができる意思のつまった言葉と人と人とをつなげる力なんかが重要になるのかなとおぼろげながらにこの本を読んだ後に残りました。

どんな人におススメ?


時間を掛けずに、目次の中から自分の気になる所を読んでいく事ができるので、時間がないけど松下幸之助さんが言わんとしていることは何か、短時間でつかむのには最適なので、特に読書時間の確保が難しい人にはおススメ!

それでも、今の感覚でいうと、ん?と何度かページを前後しないとよく理解できないなという部分もあるので、本との対話もできるのでその点もおススメです。

頭に刻みこみたいフレーズ達

本来成功するようにできている

このフレーズはちょっと、読んだだけでは簡単にはそうそう納得!とは飲み込めなかったので、あえて残しておきます。

特に、自然の理法にしたがっていけば、言い換えれば当然の事を当然のようにやっていけば、、、とありますが、著者の当たり前のレベルを別の書で読んだことがあるので、そこの部分の具体的な期待値が無いとなかなか納得というかイメージできませんでした。

やはり、ハードワークとういか、修羅場の経験もあり、様々な人と触れ合う事により多角的な視点を得た上で、やるべきことを最も大事なタイミングで行えば、最低限の結果はついてくるだろうといっているのかな。

と自分なりに誤読してみました。

素直な心とはとらわれない心

この本全体に言える事ではあるのですが、この章でも人間は心にとらわれがあると、モノゴトをありのままに見る事ができない。と書かれています。

では、どうやったら自分のバイアスの世界を飛び出すことができるのか?という問いにたいしては、周りの言葉に謙虚に耳を傾ける。と書かれてそれを再現性高く、マナジメントとしてどうすればよいかについては言及はなかったかなと感じております。

最後に、正しさ、強さ、聡明さの極致はいわば神であるとなるとさすがに自分には引き寄せずらかったことも記載しておきます。

ただしい経営とは人間観に立脚したもの

人間観を持つこと。この章を一番最初に読み始めました。

人間は万物の王者ともいうべき偉大にして崇高な存在な存在であるという事である。これは、ちょっとした衝撃でした。

ここでの主張は、王者としての責務を自覚してそれを実践していく事が大切とうフレーズから、地球に対してやり切れてないよな。と頭に浮かび、

環境団体のグレタさんの事を思い、叱咤激励をうけるだろうとへこみました

まとめ

タイトルにある通り、「実践経営哲学書」という事もあり、本質的な大事なあるべき姿、ココロの持ちようが書かれていた。

抽象度のレベルはかなり高めに設定されているせいか、ほとんどの章において、異論はありません。って感じになりました。

ただ、明日からの自分の行動にどうやって取り入れよう?となると以外に難しいなと感じます。

あとがきに、他人の真似をしてうまくいくわけではなく、自分には自分の持ち味にあった、いちばんいいやり方があるはずと書かれているので、自分が目指す姿を考え続けるという事を行動につなげていこうと思います。

だれかの選書の参考になれば幸いです。

ではでは

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