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旅先での会話は、とりとめなく続いていく。

僕たちは、旅先の知らない道を黒のレンタカーで移動していた。信号機のない海沿いの道を心地よく走り抜け、市街地へ入った時だった。助手席に座っていた彼女が、

「前の車、次の信号で左折するよ」

と言った。ほどなくして、前の車は次の信号で左折した。「どうしてわかったんだ?」と僕は尋ねた。彼女はふふふ、と笑うだけだった。

彼女に特殊な能力がない事は、よくわかっていた。直感が鋭い方でもない。商店街のくじ引きではティッシュを渡される様子しか見たことがない。それでも旅先の揺らめくような手触りは「もしかしたら、彼女には何か見えてるのかもしれない」と思わせるような気配があった。

「前の車、次はどちらに曲がると思う?」
「次は、右」

交差点が近づいてきた。前の車が減速した。「晴れてよかったね」と彼女が言った。「たしかに」と僕は答えた。

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