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【3分ショートショート】誓い

「宣誓!」整列する全校児童の前に出た体育委員長が、正面に立つにこにこ顔の校長先生に向けて声を張りあげた。「わたしたちはぁ、スポーツマンシップにのっとりぃ」
「なあなあ」背後からくすくすと忍び笑いが聞こえる。「いま、スポーツマン・シップを乗っ取るって、言ったよな、な」
「んなわけないだろ」ぼくは振り返らずに小声で返した。
「――正々堂々、運動会を闘い抜くことを、誓います」委員長の選手宣誓がつづく。
「でもよ、そういう宇宙船あるかもじゃん」
「ねえよ、そんなの」
「――素晴らしい競技となるようにぃ、仲間のみんなとぉ、練習を重ねてきました」
「それにスポーツ・マンって、差別じゃね」
「スポーツマン、でひとつの言葉なんだよ。男女関係ねぇの」
「へえ。なんでも知ってんのな、おまえ」
「――今日一日、全力で走り抜けぇ」
「全力で走ってなんか、いらんねぇよな」
「ああ」ぼくは振り向いて、にたにた顔の悪友のアバターに頷いた。「ぼくたちに運動させようってのが、そもそも間違いだ」
 この学校は仮想空間にある。太陽系に散らばる宇宙船乗りの家族に向けた学校だ。通ってるのは当然、無重力で暮らしてる子。普段は走るどころか歩くことさえない。走り方なんて知らないし、走りたいと思うわけもない。
 先生は、身体づくりのために各家庭のトレッドミルで走れと言うが、そんなことやってらんないし、やる意味がわからない。
 毎年のように運動会で酷い目に遭わされてきたぼくは、今年は対策をしていた。ネットで見つけたトレッドミルのハッキングツールで、仮想空間の物理エンジンに擬装用のパッチを当てる技に成功したのだ。これで、ハンモックでのんびりしながら、アバターだけ走らせることができる。
「助かったぜ」悪友がささやいた。「おれも、もう走んの、うんざりだったんだ」
 ぼくは心の中で舌打ちした。得意になって口を滑らせたのがまずかった。しつこくねだられ、ついこの技を教えてしまったのだ。
「誰にもバラしてないよな」
 悪友はひらひらと手を振った。「バラしてないバラしてない」
「誓うか」
 悪友はこくこくと頷いた。「誓う誓う」
「――がんばる仲間と協力しぃ、最後まで楽しみたいと思います!」
 委員長の選手宣誓が終わり、競技が始まった。もちろんぼくが選抜選手になどなるわけがなく、全員参加の競技まで出番はない。
「つぎの競技は」放送委員がアナウンスした。「毎年恒例、全員参加のクラス対抗障害物競走です。みなさん、頑張ってください」
 頑張るわけがないと思いながら、ぼくは集合場所に移動した。全校児童が集まろうが窮屈にならないのは仮想空間のいいところだ。
「よお」悪友がウインクした。「頑張ろう、ぜ」
「それでは」放送委員の声が流れる。「今年の障害物を発表します。校長先生、お願いします」
「今年の障害物は」校長先生はにこにこ顔で宣言した。「どきどきゆらゆら吊り橋です」
 歓声が上がると同時に、目の前のグラウンドが深い峡谷に変わった。対岸と結ぶ吊り橋が、クラスの数だけ架けられている。
「クラス全員が吊り橋を渡りきる順位を競ってもらいます。ただし」校長先生はにこにこ顔のままつづけた。「橋から落ちた人には、トレッドミルを走るのではなく、エアロバイクを漕いで、谷底から登ってもらいます」
 えーっ、と抗議の声が上がる。
 まずいぞ。エアロバイクにはなんの対策もしてない。絶対に落ちるわけにはいかない。ここは慎重に、まずは様子見でいこう。
「準備はいいですか? ちなみに、最下位のクラスには、特別に体力強化メニューを用意してます。手を抜かず走ってください。あ、走るのだから、足抜きですか」校長先生は、はっはっは、と笑って、スタートピストルを構えた。「それでは位置について、ヨーイ、ドン!」
 全クラス一斉に、吊り橋になだれ込む。
「ん?」なにか、おかしい……ぼくらのクラスだけ、妙に足並み、揃ってないか。
「あ」ぼくは悪友を睨んだ。「バラしたな」
 悪友が、てへ、と舌を出した。「なんかみんなに、頼られちゃってよ」
 あのパッチは、やっつけで仕上げた自分用だ。歩調パラメーターは固定値。同じパッチを当てれば当然、足並みは揃ってしまう。
 まずいぞ。もしも歩調が吊り橋の共振周波数と重なってたら……。
 悲鳴が上がった。
 前を見ると、激しく波打つ吊り橋から振り落とされていくクラスメートたちが見えた。

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