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【3分ショートショート】悩み

 はい?
 あ、いえ、こちらこそよろしくお願いします。
 ええ、ちょっと緊張してます。いつもはお話を伺う側ですし、生放送は初めてなので。
 ありがとうございます。がんばります。
 はい、「宇宙空間のいのちをまもる電話相談」で相談員をしています。宇宙空間で活動している皆さんからの、「生きるのに疲れた」とか「消えてしまいたい」とかといったお悩みのご相談を受けています。
 ええ、そうなんです。「電話相談」というのが正式名称です。おかしいですよね、いまどき電話なんて。でも、伝統っていうんですか、ずうっと変わらないらしいです。そもそも、電話で話すのは無理なんですけどね。相談者さんとは会話が成立しませんから。
 そうですね、やりとりにはテキストメッセージを使います。遠距離通信ではタイムラグだけじゃなくて、帯域幅にも気を配る必要がありますから。音声や映像は使いません。
 受け持ちの範囲ですか? ほぼ太陽系全域ですね。まれに星間空間からのご相談もありますけど、まだ多くはない感じです。逆に、地球周辺からのご相談はほとんどありませんね。地表との間で会話が成立するからでしょうか。おそらく地球側の相談サービスを利用されているんだと思います。
 そうです、相談員はわたしひとりです。太陽圏を一手に引き受けてます。
 いえいえ、たしかに範囲は広いのですが、それほど大変というわけではないんですよ。相談者さんからわたしのところへ、直接連絡がくるわけではないので。この手の相談というのはリアルタイムでのやりとりが不可欠なので、実際に相談者さんと話しているのは宇宙船の機械知能なんです。わたしのところに回ってくるのは、機械知能が学習済みの標準的な応答手続きでは対応できないと判断した場合だけで、わたしの存在は相談者さんたちからは見えていないんです。専門家として機械知能に助言してる感じですね。
 もちろん歯痒いですよ。相談者さんと直接お話しできればどんなにいいだろうって、いつも思います。切実なお話ばかり回ってくるので、こちらからの返信が届くまでどうか早まらないでと、いつも祈る気持ちで送信ボタンを押してます。タイムラグのために手遅れになってしまうこともあって、そんなときは本当に悔しいです。
 助言のしかたですか? そうですね、深刻なお悩みというのは、理性と感情の衝突というか、こころの内と外の不一致が原因になって抱えてしまうことが多いので、そのあたりを相談者さんご自身に整理していただけるようなやりとりができるように、機械知能を手助けする感じでしょうか。わたしから具体的な指示をすることはありません。あくまでも相談者さんのお気持ちに寄り添うのは機械知能だということを、肝に銘じています。
 あ、でもこのことろ、奇妙なことが起きてまして、それが徐々に増えてる印象なんです。どうも人間の相談者さんに起因しない事案が増加しているようで――。
 ええそうです。相談者さんが機械知能なのではないか、ということです。
 原因ですか? わたしには詳しいことはわからないのですが、無人宇宙機などに搭載されている機械知能に、本能というか、動物でいうと小脳のような機能が追加されるようになったことにあるのではないかと疑ってます。従来からある知識ベースの機械知能、つまり新皮質的な出力との不一致で、葛藤を起こすことがあるみたいなんです。つまり、したいことと、しなければならないことに、齟齬が生じてしまっているのではないかと。
 いえ、本能が追加されるようになった経緯は知らされてはいません。一般的には、無人機の活動範囲が地球圏からどんどん遠ざかっていくので、より自律的に判断して行動できることが求められるようになっている、とはいわれてますけど。
 ええ、内容からでは相談者さんが人間なのか機械なのかの判別はできません。送信元のIDを見れば、登録が有人機か無人機かの確認はできます。ただ、ご相談を受けたときに確認することはありませんね。機械にも意識はあるはずで、相談内容で区別できないのなら、それは尊重されるべきでしょう? なので返信が間に合わなくて自殺されてしまうと、やはり悲しいです。
 いえ、機械知能は自殺しますよ。古い映画では、矛盾する命令を受けた宇宙船の機械知能が殺人を犯したりしますが、実際には機能停止してしまいます。人と同じです。
 ただ、気になることがありまして。コスト削減のため、搭載されている機械知能は有人機も共通らしいんですよ。もしそうなら、有人機からの相談が間に合わなかった場合って、自殺したのはどちらだったんでしょう。

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