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【3分ショートショート】幽霊

「どお? もう寮には慣れた?」
「うん、ありがとう。大丈夫だよ」
「ここに来る前って、ずっとご両親と一緒だったんでしょ?」
「そう。ママとパパと三人で宇宙船暮らし」
「さみしくない?」
「ううん。ここにはみんないるから、平気」
「宇宙船暮らしなら、無重力は問題ないね」
「うん。無重力は好き。重力は嫌い」
「で、どうしてきみは、学期途中で転校して来たの?」
「友人工知能の生成クラスメイトだけがだちなのはだめだからって、ママとパパが」
「あー、わかる。人工知能ってなんかつまんないよね」
「うん。だけど軌道がうまくいかなくて、新学期に間に合わなかったんだ」
「そっか。じゃあ、結構遠くから来たんだね」
「トロヤ群だよ」
「へえ、木星軌道かぁ。珍しいね」
「そうなの?」
「この寮って、あたしも含めてほとんどが地球近傍軌道出身なの。あとは、火星からがそこそこいて、月からと地球からがちょっとずつ、って感じかな」
「じゃあ、静止軌道ステーションの人はいないの?」
「いないわよ、そんな物好き。うちの学校は全寮制ってわけじゃないし、ここに住んでるならわざわざ寮に入る必要、なくない?」
「でも、じゃあどうして地球の人もいるの? 静止軌道ステーションなんだから、宇宙エレベーターで通えばいいのに」
「きみはなんにも知らないのね。宇宙エレベーターってすっごく時間がかかるのよ。それに、海上ターミナルって太平洋のど真ん中よ。通うなんてふつうに無理よ」
「ふうん、知らなかったな。地球って意外と大っきいんだ」
「大きいっていうか、秒速の世界と時速の世界のちがいよね。宇宙と地球とでは、速さがぜんぜんちがうから」
「へえ、そうなんだ」
「そういうわけで、ここにいるのはみんなきみと似たような境遇だから、心配なこととか困ってることがあったら、遠慮なく相談してね」
「うん、わかった……じゃあひとつ、いいかな」
「いいわよ。なんでもいって」
「えっと、ね、困ってるっていうか、ときどき、へんな音が聞こえるんだけど」
「へんな音?」
「うん。なんか、金属を叩いてる? みたいな。でも、音のするあたりを見ても、誰もいないんだ」
「ああ、なるほど。あのね、ここでは誰もいないのに音がすることって、よくあることなのよ。静止軌道ステーションって、モジュールをどんどん増設してできてるでしょ。だから、ちょっとしたことでよく軋むの」
「そうなの?」
「ほら、この談話室にもあるけど、仕切り扉には四角いのと円いのがあるでしょ? 四角いのがスライドハッチで、モジュール同士の接続部なの。ちなみに、円いほうはエアロック。つまり、四角いハッチの向こう側には空気があるけど、円いハッチの向こうは真空ってことね」
「そうなんだ。そういえば四角いのって、ここに来てはじめて見たよ」
「きっときみの宇宙船には、増設モジュールがなかったんだね。スライドハッチって、増設モジュール用の規格だから」
「ふうん」
「で、この寮って古い増設モジュールばかりでしょ。だから日射とか潮汐とか、ちょっとしたことでよく軋むのよ」
「そうなんだね……でも、軋みとはちがう気がするんだ。なんていうか、コン、コン、って感じの、規則的な音なんだよ」
「えっと、それってもしかして、誰かがノックしてるだけ、なんじゃない?」
「ノック?」
「知らないの? 部屋に入りたいときなんかに、ドアを二、三回軽く叩いて、合図するでしょ?」
「叩く? どうしてドアに物理的な刺激を与えなければならないの? 入室申請すれば済むのに」
「ああそっか、仮想空間ならそうだよね。でも現実世界ならさ、デバイスから申請するより物理的に叩いたほうが、早くない?」
「じゃあ、誰かがこっちに入りたくて、合図してるってこと?」
「たぶんね」
「ふうん、そうなんだ……でもね、いつもそっちの、円いほうから聞こえてくるんだけど」

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