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赤の補色は赤

決して叶わない恋だとわかっていたけれど、
必ず叶うと信じて疑わない恋だった。

彼女に出会ったのは、大学入学式の何日か後。中性的な顔立ちと、独特の雰囲気がそうさせていたのか、アーティスト気質のある一匹狼タイプ。

着実に友達としての関係を築いて、大学1年の終わりには美術館に一緒に行ったりした。狸だと思って追いかけた獣が猫だったことに気づいて、一緒に笑ったことも足の長さが違いすぎて同じペースで歩くのに少しだけ苦労したことも忘れない。

大学2年生の冬に、一つ上の先輩のゼミ展で一緒に作品を展示しないか、と先生にお声がけいただいて、作品制作をすることにした。大学の一番奥のほうにある校舎の空き研究室を一室借りて、ふたりのアトリエにした。どちらかというと彼女が使っていたアトリエに後から転がり込んだようなものだったけれど。やっと心を許してくれたようで嬉しかった。
アトリエを整理してふたりの城を作った。奥に彼女のスペースを作って、手前には長机を置いて自分の作業スペースにして。少なくとも、私は「ふたりの」アトリエだと思っていたことを、きっと伝えられていない。

その年の冬は、バレンタインにチョコレートをもらった。ゴディバのチョコレートを買ってみたかっただけなんだと彼女は言っていたけれど、照れ隠しでも、それが本心だったとしても、嬉しかったよ。4年後にこうやって文章にしちゃうくらいにはね。好きだった。

何度か自分の気持ちを言葉にしようと思ったけれど、気持ちを伝える前にまず、「同性も好きになる」という前提を話さないといけないことが足枷になっていた。話してしまえばその流れで好きな人の話をしないといけないような気がして。「好きになるけど、だから何?」って言われてしまえば、私は彼女が好きだということを話さないといけなくなる。そもそも受け入れてくれるかどうかさえも確信できないのに。
そんな不安で、彼女への気持ちを必死に隠してアトリエに住み続けた。

大学3年生の秋口から、自分の感情に抑えが利かなくなって、彼女を傷つけたり、困らせたりすることが多くなった。アトリエに彼女が他の誰かを入れるのが嫌だった。そんな自分が嫌いだった。嫉妬して余裕がなくなって、醜い自分。彼女のことを分かったつもりになった自分も、彼女にこうあってほしいという理想を抱く自分も、自分のことをきちんと言葉にできない自分も。嫌いだった。

年末には何とか話をつけて、仲直りした気になったけれど、結局うまく関係は修復しなくて。この時になって初めて、自分が壊してしまったものの大きさに気づいた。

そうやって、大学4年生を無駄に過ごしてしまった。

卒業式の日、声をかけてくれて、思わず泣いてしまったことを、きっと彼女は忘れてないと思う。また歩み寄れる気がして嬉しかった。

社会人1年目の12月に、「久しぶりに会おう」なんて言って、行きたい所など色々とわがままを言って時間を作ってもらった。クリスマスに誘うのは、私にとって意味がありすぎたから、1週間前にした。
あんなに楽しみにしていたのに、いざ彼女と会うと、あれ、こんな感じだったっけ。たいして盛り上がる話題もなくて、なんだかギクシャクしながら会話を繋いだ。共通の話題なんて、きっととうになくなっていて。
彼女が「マフラーを買いたい」と言ったことや「本を見たい」なんて言ってくれたことが嬉しかったけど、端々に登場する別に知人でもない他の友人との話を聞いて、私達が会わなかったこの9ヶ月の月日がいかに長かったかを痛感した。

「嫌な酔い方するから」とお酒を一口も飲まない彼女に少しガッカリした。彼女の特別になんてなれないんだろうな、ってお酒が入った頭で考えた。彼女はお酒があまり好きじゃないことくらい、わかっていたはずなのに。

あっさりとさようならを言おうとする彼女にもう少し一緒にいたいだなんて言えなくて。一緒にいたところで行くあても話題もなくて。そもそも何でそんなこと言おうと思ったのかさえわからなくなっていて。最寄りのバス停の近くの公園で、自販機で買ったアルミの味のする缶コーヒーを啜りながら、この恋は終わったんだなと感じた。涙も笑いも出なかった。
その日はきっと、私の気持ちを確かめるための半日で、それに付き合わせてしまった彼女に罪悪感を感じながらも、彼女と会うことはもうないと思った。

私は今もときどき彼女と共にあったアトリエの香りを思い出す。その香りのせいで、ふとその決心が揺らぐこともあるけれど、いろんな人に愛されて、私は私を生きているよ。そして、きっと彼女も。

あなたといつだったか、「二人展をしよう」なんて夢を語って、その時の展示会のタイトルはどうするか、なんて言い合ったね。その時のメモがふいに出てきた。
『赤の補色は赤』
きっと私たちが過ごした時間と築いた関係は、そんなタイトルに収まってくれると思う。

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