【SFショートショート】プレリジン または着の身着のままゲーム機
今日こそ、このゲームをクリアする。
僕はケースからタブレットを取り出し、ミネラルウォーターで喉に流し込んだ。
薬ではない。
これが、いわばゲーム機なのだ。
ケミカルゲームマシン〈プレリジン〉。
これを飲むだけでゲーム世界に没入し、ゲームの主人公となり、まさに実体験のようにゲームをプレイすることができる。
どんなデバイスもメディアもネットワークすら必要としない、着の身着のままで遊べるゲーム機。
それが〈プレリジン〉だった。
これを実現したのは、昨今の量子力学と化学の融合という新しい科学の潮流だった。
かつて、映画を超短時間で経験出来る薬も開発されたが(これは問題があって生産中止となった)、さらに経験としての時間を自在にコントロールする目的で、この「飲むゲーム機」は開発された。
しかも自分自身は眠った状態なので、どんな超人的な動きをしても疲れず、怪我の心配もない。
さらに副作用の報告もなかった。
ゲームの中で命を落としたら、プレイヤーも死ぬのでは?と言われたこともあったが、そんなこともなかった。
現に僕はこのアクションFPSゲーム「アイアンソリッド」で何度も死んだが、いまだピンピンしている。
だが、〈プレリジン〉でのゲームは難易度も高く、完全にクリアした人間はほとんどいない。
その超高度な難易度を、今日僕はクリアするのだ。
長い戦闘の末、ついにラスボスを倒すことに成功し、渋いフォントが「FINAL MISSION CLEAR」の文字を浮かび上がらせる。
そして僕は真っ白な部屋にいた。
部屋の中には、スーツに身を包んだ中年男性。
彼は僕を見るとため息をついて苛立ちをぶつけてきた。
「また来た……なんで、クリアできてない者がここに来るのだ!」
「え? クリアしましたよ? ちゃんとテロップが……」
「ダメダメ! 君は怪我も病気もしてないだろ。ましてや歳でもない若者じゃないか。なんで因果関係を無視して敷居を超えてくるかなー」
「えーと? 何か問題ですか? 運営側の……」
「とにかく帰ってくれたまえ。私は君たちをこんな風には創っていないのだ。こんな簡単にこちらへ来られるようにはな。ここへ来るのは、ちゃんと君が君の時間を全うしてからだ。さあ!帰った帰った!」
そして、目が覚めた。
僕は見知らぬ病室にいた。
目覚めた僕を見て、家族は安堵していた。
聞くと僕は〈プレリジン〉を飲んだ自室で発見され、一週間昏睡状態だったそうだ。
結局、あの白い部屋がどこだったのか……男性が誰だったのか、分からずじまいだった。
「アイアンソリッド」の運営会社に問い合わせても、クリア後にそんなところへ行く展開はないはずだという。
だが、同じところに辿り着いたというユーザーの声はネットでちらほらと聞かれた。
僕には、もう一度あの部屋であの男性に会うのだろう漠然とした予感が残った。
病気や怪我をしなければ、そう50年後か60年後あたりに……
完
たらはかにさんの募集企画「#毎週ショートショートnote」参加作品です。
お題は「着の身着のままゲーム機」。
本編中に、以前書いた小説へのリンクを張って同じ世界の話っぽくしてみました。
リンク先もぜひ、お読みくださいー。
😁
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