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【SFショートショート】シン・スペースインベーダー

 宇宙からの来訪は突然だった。
 世界中の都市の上空に巨大な宇宙船が現れ、人類はパニックに陥った。
 安定した生活を享受していた人々も、紛争地で明日をも知れぬ戦いに身を投じていた人々も、誰もが他の全てを忘れて空を見上げ、次の瞬間何が起こるのか固唾を飲んで待ち受けた。
 間も無く宇宙船の主たちは姿を現した。
 船を着陸させることなく、世界のあちこちに忽然と現れたのだ。その姿は、誰が想像したものとも違っていた。
 彼らは棒だった。
 正しくは、棒の集合体だった。数十センチから2メートルほどの棒が交差して球状に組み合わさったウニ状の物体。それが彼らの正体だった。
 その姿が、遠目には光条を放って輝く星のようにも見えたことから、来訪者たちは「棒の星」…Stickarスティッカーと呼ばれた(窓などに貼るステッカーは”Sticker”)。
 〈棒の星〉スティッカーたちとの意思疎通も、あっさり実現した。彼らは人類の言葉をあっという間に習得し、コンピュータやデジタルデバイスをハッキングして語りかけてきたのだ。
 主に彼らからのメッセージは二つだった。
「これは何か」
「それは何故か」
 一方、人類からの問いかけは、バリエーションに富むものだった。
 そして〈棒の星〉スティッカーたちはその雑多な問いかけに、律儀にも一つ一つ丁寧に答えを返した。中には高度に進んだ科学力を持つ彼らの技術に関するものも含まれていた。
 彼らの知識は地球の文明にブレイクスルーをもたらすかに思われた。が、その技術の前提となる物質の組成が地球上には全く存在しなかったため、値千金の技術も絵に描いた餅に過ぎなかった。
 何より人類を困惑させたのは、最も単純でシンプルな疑問に対する彼らの答えだった。
「なぜ、地球にやってきたのか?」
 この質問に対する答えは、常に同じだった。
「理由はない」
 そんなはずがあるかと重ねて彼らの目的を問い正すと、返答はこうだった。
「目的とは何か」
 〈棒の星〉スティッカーたちには「目的」という概念がなかった。彼らはただ存在し、移動し、そして見る。高度な科学力もそのありようを継続させるためのものであって、それすら彼らは「目的」とは意識していないようだった。
 旅先で見聞した物事も、それを何かに利用するわけではなく、ただ知るだけ。
 何を探しているわけでも、何を欲しているわけでも、何を成し遂げようとしているわけでもない彼らのあり方は、人類には理解も到達も出来ない、いわば集団的「無我の境地」とでも言うべきものだった。
 自分たちより遥かに進んでいるのに何の目的も持たないという生命体に見つめられ続けることで、人類はいいしれぬ不安と虚しさに苛まされることになった。彼らが侵略者であったなら、まだ抵抗と闘争によって人類はアイデンティティを維持することが出来ただろう。その方がマシだったと思う者も少なくなかった。
 ある者は未来の可能性をはかなんで自らの命を断ち、ある者は虚しさを怒りに転化して〈棒の星〉スティッカーたちに襲いかかった。
 だが、いかなる暴力もこの来訪者たちには無効であったばかりか、人類は自分たち同士でふるう暴力にも意味を見出せなくなりつつあった。ある地域では、長年にわたる国同士の紛争に終止符が打たれ、またある地域では暴力犯罪が激減した。 
 そんな来訪者の功罪についての議論も流れる年月の中で沈静化し、やがて〈棒の星〉スティッカーたちは地上の生活でありふれた存在となっていった。
 多くの家庭には居候のように〈棒の星〉スティッカーがいて、あいも変わらず
「これは何か」
「それは何故か」
 という問いを繰り返していた。
 一人暮らしの年寄りなどは、彼らの相手をすることで、寂しさを紛らわせたりもしていた。そんな社会の実態を伝えるテレビのニュース番組で、マイクを向けられた老女は自宅にいる〈棒の星〉スティッカーについてこう語った。
「不思議なものね。家族でもペットでもない。強いていうなら…自分自身かしら?結局人間て、これは何か。それは何故かって考え続けてるようなものだから。この子(老女の家の〈棒の星〉スティッカー)に答えているようで、実は独り言を言ってるだけのような気もするの。でも、それで何か落ち着きのようなものを取り戻せるのよ」
 では、この〈棒の星〉スティッカーに危険や迷惑を感じることは全くないのでしょうか?
 キャスターの問いに老女は答えた。
「そうねえ…困ることがないこともないんだけど、とにかくこの子…」
 老女は、傍に浮かぶエイリアンを示しながら答えた。
「…場所スペースるのよ」

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