見出し画像

【ショートショート】断捨離人形の館

 父が死んだ。

 私を捨てた父が。
 幼い頃から娘の私にほとんど興味を示さなかった父は、ある日忽然と姿を消したのだ。
 女手一つで私を育てた母は、苦労がたたって早くに世を去った。

 私が父のその後を知ったのは、成人後。

 遠い土地で商売に成功し、新しい家庭を築いていた。
 かつて母は、父があらゆる面で理想を追求し、家族すらそのための道具と思っている人間だと言っていた。
 その通りだった。
 新しい家庭で父は男の子をもうけていた。
 私が女だった時点で、父にとって理想の家庭づくりは失敗だったのだ。

 私は父のような人間にだけはなるまいと、大人への階段を昇ってきたつもりだった。
 母と私を、まるで道具を断捨離するように捨てた父のようには。

 そんな私に、思わぬ形で父の訃報が届いた。

 父は病に倒れ、長い闘病生活の末に亡くなったという。
 その間に仕事も失い、新しい家族にも苦労をかけていたらしい。

 私は、父の後妻に初めて会った。
 相続の話のためだった。

「あの人が、私たちに遺したものはほとんど何もありませんでした。家も財産も、全て人手に渡ってしまいました。しかし趣味の蒐集品だけは、あなたに贈るようにと遺言したのです」

 父の遺したものなど欲しくなかったし、ましてや価値のわからぬ蒐集品などもらっても迷惑なだけだ。
 私は後妻にそっちで適当に処分するようにと言った。
 だが彼女は故人の遺志だからと、せめてそれらを見てから決めてくれと懇願した。

 私は後妻が本当に父を愛していたようだと感じた。
 しかし、父は新しい家庭でもその愛に報いることはしなかったらしい。

 私は父の家の離れに設けられた、趣味のための大きな部屋に足を踏み入れて絶句した。

「これは……」

 人形だった。

 世界各地から集められたという、おびただしい数の人形が、部屋中に飾られていた。
 まるで人形の博物館……人形の館だ。

「あの人は、ここにある人形たちを本当に大切にしていました。それを、あなたとあなたのお母様に対する償いとして遺したのです。どんな価値のあるものかわかりませんが、あなたにも大切にしてほしいと思っていたようです」
 後妻の言葉に私はいいしれぬ怒りを覚えた。
「そんな手前勝手なことを……償いなんて言われても……」
「そうですよね……本当に勝手な人だと思います……」
 後妻は心の澱を吐き出すようにため息をついた。
「あの人が本当に愛していたのは、この人形たちだけだったのかもしれません……」

 人形だけを愛していた父……
 父の理想は、この人形の館の中だけにあったのか……

 私は父への暗い感情から、人形を引き取ることにした。
 私にも大切にしてほしい?
 そう思っているなら、裏切ってやる。

 断捨離だ。

 かつて父が私と母を捨てたように、お前の大切なこの人形たちもお返しに断捨離してやろう。
 売り飛ばしすらしない。
 全ての人形を一つずつ、徹底的に破壊してゴミとして廃棄するのだ。

 私は道具とゴミ袋を用意して、再び人形の館に立った。
 まず、どれから壊してやろうか……
 ちょうど目の高さに飾ってあった、西洋風の人形を手に取る。
 マイセンと思しき陶器の人形。
 男女が手を取り合い、踊っているようなつくりだ。
 この二人を引き離すため、私は腕の部分を砕こうとハンマーを振り上げた。
 その時……

 はなさないで!

 「!」

 私は声を聞いた気がした。
 思わずあたりを見まわし、人形たちの群れから声の主を探そうとする。

 はなさないで!

 こわさないで!

 聞こえるか聞こえないかくらいの囁きが聞こえた……気がした……

 急に、部屋中の人形たちにえも言われぬ同情心が湧き上がってきた。
 憎い父が遺した、自分にとっては何の価値もないはずの人形たち……

 だが、私はその魅力に突然気付かされた。

 なぜ……?

 答えはすぐにわかった。
 私が父の娘だから……

 それから私は数時間、人形を一つ一つ手に取り、その形や色や全てに魅入られていった。

 私は床にへたり込んで、最後に手にした人形をそっと置いた。
 いつの間にか涙をぬぐった指で、全ての人形を濡らしてしまった。
 人は品物も……時として家族すら簡単に捨てることができる。

 だが、血のつながりを断捨離することは出来ないのだ。


たらはかにさんの募集企画「#毎週ショートショートnote」参加作品です。
お題は「お返し断捨離」。
久々に普通の小説にしてみました。
またまた、カクヨムのイベントとの掛け持ち作品です。
向こうのお題は「はなさないで」。
なんか、劇場版「銀河鉄道999」を思い出しますが。
😅

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?