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The Lost Universe 古代の巨大昆虫④巨大社会性昆虫

昆虫たちは、私たち人類に先駆けて様々な社会的生活を営んでいました。ハチやアリは大所帯のコロニーを築き、一つの目標に向かって集団で取り組んでいます。また、ハキリアリのように農耕生活を営むアリもいて、農業においても昆虫は人類よりずっと前から始めていたのです。
群れ社会を作ることで、厳しい自然界を生き抜くハチやアリたち。古代の彼らは、どんな姿をしていたのでしょうか。


社会性の獲得という進化

とっても賢い社会性昆虫!

ハチやアリの築く社会は、確固たる秩序のもとに成り立っています。繁殖中枢の女王を主軸とし、各個体がそれぞれの役割を果たすために働いているのです。こうした高度な社会性を持っている昆虫は、ハチ・アリ・シロアリのみです。

オオスズメバチの巣内より採集された次世代の女王バチたちとオスバチたち(千葉県立中央博物館にて撮影)。この他に多数の働きバチがいて、彼女たちの労働力により巣は社会として機能しています。

よく勘違いされる方がいらっしゃるので、ここで一言申し上げます。シロアリは決してアリではありません。分類学的に言えば、アリはハチ類の一種であり、シロアリはゴキブリ類に属しています

集団で協力し合って、たくましく生きる社会性昆虫。「家族」を超えた「社会」の中で暮らす彼らは、かなり進化を極めた昆虫と言えます。その証拠に、ミツバチ類はとても知能が高いです。サルや鳥に計算能力があることは実験で明らかになっていますが、ミツバチも算数ができます。ミツバチは記憶能力と処理能力を有し、プラスとマイナスの概念を理解できることが判明しました(実験内容は下記リンク参照)。

社会性を持つ昆虫ゆえに、彼らは食糧のある場所を記憶し、仲間に伝達しなくてはなりません。そのため、彼らの情報処理能力は我々の想像以上に高い可能性があります。社会昆虫の脳の仕組みを解明できれば、AIのさらなる学習能力の向上などに応用できるかもしれません。

アシナガバチ類とスズメバチ類(国立科学博物館にて撮影)。彼らはコロニーと遺伝子の存続を第一としており、完璧な秩序のもとで社会生活をしています。仲間同士で確固たる協力態勢を持つハチたちの社会は、私たち人間の世界よりも完璧に近いのかもしれません。

いかにして社会性を持ったのか?

ハチ類の進化については議論が続いており、今後より多くの詳細な研究が必要であると考えられます。例の一つとして、「親による子育てこそ社会性の起源」とする説があります。親が子に餌を与えて育てる行動は、外敵からの防御面を考慮すれば、確かに個々に行うよりも家族集団を作って体系的に実施する方が効率的と言えます。
一方で、「集団営巣する生物がより緊密に巣を連結させ、そこから社会性が発達した」という考え方もあります。実際にハチ類には、複数のメスが一つの場所に集団営巣する事例はあり、本仮説を支持する証拠とされています。

キイロスズメバチの巣の内部(千葉県立中央博物館にて撮影)。幼虫の飼育場所だけでなく、女王様の個室もあります。これほど素晴らしい居城を築けるとは、彼らの進化には本当に驚かされます。

私たち霊長類の社会性の進化も様々な要素が絡んで発達したと考えられているので、昆虫たちの世界の秘密を解明するのは一筋縄ではいきません。昆虫学と古生物学の強固な連携こそが、この進化のミステリーの真理に近づく鍵となるでしょう。

古代の昆虫には大型種が数多く存在しており、社会性昆虫もまた例外ではありませんでした。巨大昆虫が太古にどのような社会を作り上げ、どのように暮らしていたのでしょうか。

古代の巨大社会性昆虫

ティタノミルマ ~最強の軍隊? 鳥獣に襲いかかる史上最大級のアリ~ 

グンタイアリの映像をご覧になったことはあるでしょうか?
彼らの行軍はジャングルの生き物にとって恐るべきものであり、行動線上に位置する者を次々に捕食していきます。実質的に、対抗できる生物はほとんどいません。恐るべきアリの軍隊は、太古にも存在したと考えられています。そのアリたちは、現生種よりもずっと大きかったのです。

その強大無比な古代のアリとは、始新世(約5600万〜約3390万年前)の北アメリカとヨーロッパに生息していたティタノミルマ属(Titanomyrma)です。地球史上最大級のアリであり、翅の生えた巨大な女王アリの化石が見つかっています(下記リンク参照)。女王アリの翅は左右に広げると約16 cmもの幅があり、ハチドリという小鳥にも匹敵する大きさです。

ティタノミルマの女王は確認されている中で史上最大のアリの標本であり、働きアリも相当大きかったと考えられます。働きアリの化石は未発見なうえに、アリの種類によって女王と他の階級の個体とのサイズ比は違ってくるため、現時点ではティタノミルマの働きアリの正確な大きさはわかりません。もしかしたら、現生種最大級のディノポネラの働きアリ(全長2.5 cm以上)よりも巨大だったのかもしれません。

ハリアリ類の働きアリ(国立科学博物館にて撮影)。大型のハリアリ類では、働きアリの大きさは全長2.5 cm以上にもなります。ティタノミルマの働きアリは、さらに大きかった可能性があります。

ティタノミルマはグンタイアリに近縁だと考えられており、集団で他の生物を捕食していた可能性があります。アマゾンのジャングルにおいては、グンタイアリが通ればジャガーすら逃げ出すとさえ言われています。はるかに大きなティタノミルマならば、おそらく小型の哺乳類や鳥の雛を捕食できたでしょう。

なお、ティタノミルマの化石がアメリカとドイツで発見されているということは、当時は北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸が陸続きだったことを示しています。古生物化石の産出状況から地球の大地の動きを知ることができるので、各国での古生物学者の情報交換は極めて重要であると言えます。

イキオオミツバチ ~古代日本で誕生した大型ミツバチ~

ミツバチは人間に恩恵をもたらすこともあれば、害を与える存在にもなりうる昆虫です。養蜂家のもとで甘いハチミツを提供してくれる一方、古い家屋の天井裏に巣を作って、住民をひどく困らせたりします。
私たちのよく知るミツバチは、進化の歴史上では約500万年前(中新世後期)に登場したと言われています。この時代において、化石種で最大クラスと謳われるミツバチが生まれました。彼らの化石は、長崎県の壱岐島から発見されています。

セイヨウミツバチ(国立科学博物館にて撮影)。イキオオミツバチと同属ですが、全長は1.5倍はあったと考えられます。

その名はイキオオミツバチ(Apis lithohermaea)。ミツバチ属(Apis)の一種であり、働きバチの全長は2 cm近くありました。サイズ的には、ニホンミツバチやセイヨウミツバチよりも大型です。特大の個体ならば、クマバチほどの体格になったかもしれません。現生のオオミツバチは希少が荒く、イキオオミツバチも巣に近づく者には容赦なく攻撃を加えたかもしれません。
スズメバチやアシナガバチと異なり、ミツバチの毒針には複雑なアンカーが付いているため、何度も連続して刺すことができません。つまり、1回相手に毒針を刺せば、自分の体が引きちぎれるまで抜けないのです。ミツバチにとって毒針は、命と引換えに相手を倒す決死の攻撃手段なのです。

ちなみに現在、神奈川県川崎市で外来のオオミツバチが確認された事例を除き、日本ではオオミツバチ類の生息は確認されていません。オオミツバチ類は日本や韓国で誕生し、そこから東南アジア方面に生息地を広げたと考えられます。イキオオミツバチは、ミツバチの進化を考えるうえで極めて重要な種類なのです。

なお、先に述べたように、ミツバチも攻撃的になる場合があるので、場合によっては非常に危険です。ただ、働きバチたちはあくまで巣と女王を守ろうとしているだけ、という事実は理解していただきたいと思います。

クマバチなどミツバチ科の仲間たち(国立科学博物館にて撮影)。ニホンミツバチやセイヨウミツバチほど高度な社会性はありませんが、大きさ的にはイキオオミツバチのイメージに近いと思われます。

ギノルモテルメス 〜恐竜時代の森を支える巨大シロアリの群れ〜

改めて言います。シロアリはアリではなくゴキブリの仲間です。アリと同じく女王を基盤とするコロニーを築く彼らは、ハチ類以外の昆虫で社会性を獲得した稀有な事例なのです。
我々にとって、シロアリは住居の材木を食べる怖い昆虫です。家の柱や床下の大引に群がり、材木の主成分であるセルロースを食べます。他にも、畳に使われているイグサやダンボールでさえも食糧にしてしまいます。

ネバダオオシロアリの働きアリ(足立区生物園にて撮影)。木材を分解して食べるため、木造家屋にとっては恐ろしい存在です。

そんなシロアリたちの中でも圧倒的に大きな種類が、恐竜時代の森に息づいていました。
ミャンマーの1億年前(白亜紀前期)の地層から発見された琥珀には、驚くほど大型のシロアリが閉じ込められていました。当該標本はギノルモテルメス・レックス(Ginormotermes rex)と命名され、1億年前にシロアリーーつまり社会性昆虫が存在した重要な証とされています。

上記リンク先の画像は、ギノルモテルメスの「兵隊アリ」です。シロアリのコロニーでは他に、繁殖の要となる「女王」「副女王」「王」「副王」、主に食べ物の調達を行う「働きアリ」、羽アリの前形態となる「ニンフ」が暮らしていて、彼らを外敵から守るのが兵隊アリです。ギノルモテルメスの兵隊アリは頭と大顎がかなり大きく、全長は約2 cmもありました。この大きさは、日本に棲むイエシロアリの兵隊アリの2倍以上に相当します

実は、シロアリの働きアリは幼虫であり、よちよち歩きでとても弱い存在です。働きアリや巣が外敵に襲われた際には、兵隊アリが頑丈な大顎を振るって戦います。
筆者は全長1 cmに満たないイエシロアリの兵隊アリに噛みつかれたことがありまして、兵隊アリの顎は私の皮膚にしっかりと食い込んでいました。はるかに大きなギノルモテルメスの兵隊アリならば、凶暴な肉食昆虫が相手でも十分戦えたと思います。

全長2 cmにまで成長するオオシロアリの兵隊アリ(国立科学博物館にて撮影)。ギノルモテルメスの兵隊アリは、同等以上の大きさがあったと考えられます。大きな顎はとても強力な武器です。

なお、最後に一点。人間社会では悪者扱いされるシロアリたちですが、彼らは自然界において全ての生物を支えています。枯れた木などの植物体をシロアリが分解することで、生態系の物質循環を助けているのです。じめじめして腐った倒木も、シロアリたちは無駄にせずしっかりと自然の営みの輪に還してくれます。枯死した植物を新たな生命へつなぐ彼らの生態からは、「自然界に無駄な死は存在しない」ということが学べます。

太古の世界の巨大社会性昆虫はいかがだったでしょうか。社会を築き、仲間と共に生きている彼らは最強と言えます。ハチもアリもシロアリも、太古から現在まで生存しているのは当然かもしれません。
その理由は明白です。人間にも言えることですが、単独で戦うよりもチームは強いのです!

古代の巨大昆虫にまつわる記事は次回で最終回となり、現代の巨大昆虫についても紹介していきたいと思います。そのうえで、強大な古代種との比較競合を実施していきます。

【前回の記事】

【参考文献】
松浦誠(2003)『都市における社会性ハチ類の生態と防除(2)』玉川大学ミツバチ科学研究所
日本生態学会 編(2004)『生態学入門』東京化学同人
伊藤嘉昭(2006)『新判 動物の社会 社会生物学・行動生態学入門』東海大学出版会
石川良輔 編(2008)『バイオディバーシティ・シリーズ6 節足動物の多様性と系統』裳華房
Engel, M.S.(2006)The giant honey bee, Apis lithohermaea Engel, from the Miocene of Japan and the geological history of Apis (Hymenoptera: Apidae). Honeybee Science - Tamagawa University (Japan) (in Japanese).
Engel M. S., et al.(2016)A replacement name for the cretaceous termite genus Gigantotermes (Isoptera). Novit Paleoentomol 2016; 1–2.
Katzke, J., et al.(2018)Giant ants and their shape: revealing relationships in the genus Titanomyrma with geometric morphometrics. PeerJ, 2018; 6: e4242.
Gosia Kaszubska(2019)Bees have brains for basic maths: study. RMIT UNIVERCITY https://www.rmit.edu.au/news/all-news/2019/feb/bees-brains-maths
山田養蜂場(2019)Beeワールドinアメリカ Vol.178 ミツバチの進化の歴史篇 https://www.3838.com/bee-world/backnumber/190919_un1/ 
Kareen Gouda(2023)Canada’s first ‘giant’ ant fossil found in Princeton, B.C. Global NEWS. https://globalnews.ca/news/9541492/giant-ant-fossil/

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