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角界の大谷翔平は北青鵬である、と思っていたのだが……

 大相撲夏場所は、横綱・照ノ富士の復活優勝で幕を閉じた。大関昇進をかけた霧馬山の昇進もほぼ確実となり、新たな風が吹きそうな土俵上で、今場所前半戦を席巻した1人の平幕力士がいる。北青鵬だ。
 北青鵬は、元横綱・白鵬の宮城野親方が指導する宮城野部屋に所属する21歳。モンゴルで生まれ、5歳のときに母親の語学留学に伴い札幌市に移住した。鳥取城北高校を経て、2020年春場所で初土俵。2021年秋場所に新十両昇進。先場所新入幕を飾った新進気鋭の若手力士である。

 北青鵬の最大の特徴は204センチの長身。長い手足を活かした四つ相撲が得意の力士だ。
 だが、北青鵬の北青鵬たるゆえんは、その規格外ぶりにある。
 というのも、彼の取り口を見ていれば、それはよくわかる。
 腰高、棒立ち、肩越しの上手。一般的に、お相撲さんがやってはいけないと言われることを、幕内の土俵で堂々と見せつけるのだ。
 普通、お相撲さんは入門当初から徹底的にこう言われるのだ。腰を落とせ。膝を曲げろ。上手は浅く取れ。下手は深く取れ。
 角界に長く言い伝えられてきた常識である。それはまた、長年多くの力士たちが積み上げてきた経験知とも呼ぶべきものだろう。
 実際、それに従った方が力を発揮することが多い。当然である。数百年に渡って角界が積み上げてきた集合知なのだから。

 では、北青鵬に目を転じてみよう。腰が高い。棒立ちで組む。相手の力士からすれば、絶好の攻めの機会なのだ。
 ところがである。攻め立てても動かないのだ。土俵際まで追い詰めても残してしまう。挙げ句の果てには、肩越しに取られた上手で放り投げられてしまうのだ。
 ありえない。敗れた力士はそう思うだろう。角界の常識が通用しないのだ。それこそが北青鵬の規格外ぶりなのである。

 ところで、話を大谷翔平に移してみよう。米大リーグ・エンジェルスで活躍する大谷翔平は、いわずとしれた野球界のスーパースター。日本中だけでなく全米をも熱狂させる超人である。
 彼のスターぶりはどこにあるのか。様々な要素はあれど、1つは野球界の常識を打ち破ったことにあるだろう。
 大谷の規格外ぶりは、投手と野手、投球と打撃をどちらも高いレベルで、1年間シーズンを通して行う点にある。
 二刀流なんて絶対無理。大谷が二刀流で日本野球、そして大リーグに挑戦したとき、多くの有識者が口を揃えて同じことを言った。それでも、大谷はやってみせたのだ。前人未踏の二刀流を。圧倒的な結果を残して。
 野球界で当たり前だと思われていた常識を打ち破ってみせた大谷。その規格外な活躍が、彼をスーパースターとしてのし上げたのである。

 転じて、角界に目を向けてみよう。元横綱で解説者の北の富士勝昭さんは、しばしばこう話す。「角界にも大谷翔平のようなスーパースターに現れて欲しい」と。
 北の富士さんが求めるスーパースター像はわからない。だが、私が思うに、角界の大谷翔平となれる存在は、角界の常識を打ち破るような男なのではないか、と。
 そのとき、ふと脳裏によぎった名前がある。北青鵬だ。
 前述のとおり、北青鵬に角界の常識は通用しない。腰高でも棒立ちでも残して勝ってしまう規格外の力士なのだ。
 もし、このまま北青鵬が規格外ぶりを発揮したまま横綱大関まで昇進すれば……。彼は間違いなく角界の大谷翔平になれる。私はそう直感した。
 11日目の若元春戦までは。

 8勝2敗で迎えた11日目。北青鵬は三役力士との取り組みが組まれた。それも、大関昇進を目指す若元春である。
 この一番は土俵際のうっちゃりで若元春が勝利した。だが、北青鵬の奮闘ぶりは素晴らしかった。いつも通り、腰高で棒立ちなのだが、若元春相手に堂々とした戦いを見せた。うっちゃりが得意な若元春相手でなければ勝っていただろう。そのぐらいの取り組みだったのである。
 だが、北青鵬の今場所のピークはここまでだった。翌12日目の豊昇龍戦。おっつけで肩越しの上手を無効化されると、送り出しで完敗した。
 更に、続く13日目、霧馬山に外掛けで敗れた。この一番で、私の北青鵬に対する評価は180度変わった。気付いてしまったのだ。北青鵬の弱点に。彼が足技に弱いということに。
 恐らく、これには他の力士も気付いたのだろう。14日目には王鵬にも外掛けで敗れた。霧馬山ならまだしも、押し相撲の王鵬に足技で負けたのである。これはもう完全に弱点として認識されてしまったと言わざるを得ない。
 では、足技に対応するためにはどうすれば良いのか。答えは単純である。膝を曲げ、腰を落とし、重心を下げるしかないのだ。
 だが、そうなれば北青鵬らしさは失われてしまう。腰の低い北青鵬は確かに強いだろうが、それでは常識を打ち破ることもできなければ、角界の大谷翔平になることさえできないのだ。

 さて、このような矛盾を抱えた上で出した私の結論はこうである。北青鵬よ。腰を落とせ。君の規格外ぶりは捨てるべきである。
 確かに、腰高棒立ちで横綱大関へ駆け上がる北青鵬を見たい気持ちはある。そうなれば、間違いなく角界は盛り上がる。
 だが、私は気付いてしまったのだ。このままでは、横綱大関はおろか、三役にすら上がれないかもしれない、と。霧馬山の外掛けが、それを私に気付かせてくれたのである。
 そもそも、今のままの相撲を続ければ、膝を痛めて力士人生が断たれる危険性がある(既に一度膝を怪我して休場している)。仮にそうなったとしても、腰高のまま勝ち続ける北青鵬を見たいとさえ思わされていたのだが、足技に弱い北青鵬を見て、私は覚悟を決めた。規格外ぶりを捨てるべきである、と。

 以上述べた通り、もし北青鵬が横綱大関になりたいのであれば、規格外な力士であるという肩書きを捨てるべきであるというのが私の結論である。もっと基本に忠実な相撲を取った方が良い。例え、スーパースターになる可能性を捨ててでも。
 やはり規格外で常識破りな、大谷翔平のようなスーパースターはそうそう簡単に現れないようである。角界ならば、尚更のことなのだろう。
 だが、北青鵬が今の相撲のまま上位に上がり、角界の大谷翔平になれる可能性もゼロではない。
 彼が今後どのような相撲を磨くのか。それを最終的に決めるのは本人である。
 私は1人の好角家として、もっと基本に忠実な相撲を取るべきだと思う。しかし、私のような常識に凝り固まった人間を見返して欲しいという願いも、また私の中には眠っているのである。
 北青鵬の今後の活躍ぶりに引き続き注目していきたい。

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