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BLUE DIZZINESS感想文 〜空との付き合い方〜

エビ中にハマっている。

2023年の終わりが見えてきて、冬ボーナスが出たので、もう今年終わってもいいよの気持ちです。
早く夏来ないかな!ファミえんがあるからね!!(あと夏賞与)

そんな折、エビ中の新曲がリリースされました。

BLUE DIZZINESS
青い目眩と名付けられたこの曲は、『青春』という形の見えない時間を上手く揶揄している。

青春は何かを探す行為

誰かが言った。

青春とは可能性のドアが開きっぱなしの状態である。

と。
私のイメージはその光が網膜にぶつかって、情報処理が間に合わない状態だ。
その中に混ざる不安や焦燥感。現代特有の『何者かにならないといけない』という、ありもしないはずの周囲の視線。

30代でも感じることがあるこの焦りは、多感な10代には私より眩しく映ることだろう。

そしてこの、『何者かにならなければ』という焦りは、SSAに再び立つという目標を掲げたエビ中にも少なからずあると思う。

アイドルという職業の特性上、タイミリミットは確実にある。長年続いているグループだからこそ、短期間でそこまでかけ上がらなければならない。

それ焦りは、オタクの中でも日を追う度に感じることがある。
新曲が出る度に『今までの様に、賑やかで祭りのような楽曲を今出した方が魅力が伝わるのではないか』という趣向のツイートをよく見る。

私含め全員で大きな舞台に立つエビ中が見たいし、願わくば今のメンバーでSSAを売りきって欲しい。
そこに、シーンの流行りとも言えるジャンルに真っ向から向き合い、スキルとポテンシャルと伸びしろを武器に戦いに行く。

もうこの構図がヤンキー漫画じゃん。
バチバチしてるじゃん。燃えるじゃん。かっこいいじゃん。

一方、歌詞の内容は何かに向けて手を伸ばして、変わり続けようとする姿が描かれている。

話は変わるが、私はBase Ball Bearが好きである。
よく言われるのだ。

あぁ、あの爽やかなバンドだよね?

私にとってはBase Ball Bear、こいちゃんこと小出祐介は青春の痛みにフォーカスを合わせ続けている作詞家だと思う。
そのフォーカスの先は『僕にとってのヒロイン』だったり、『焦燥感からの逃げ方』だったり、『覆せない生と死』だったり、比較的鋭利に切りとる。

『爽やか』という上澄みばかり見るのではなく、それ以上のリスクをしっかりと描き切るのが彼の魅力だと思う。

彼らの楽曲の中にPerfect Blueという曲がある。

一旦曲を聴いて欲しい。

聴いた?

これは、分かりやすく死別の曲だ。
『散弾銃』とか『空にかけたハシゴ』とかちょっと物騒な言葉を使いながら歌われ、サビは『君は飛んだ』『会いたいよまた君に』であり、次のパートでは

出せなかった  君への手紙
結局カバンのそこに沈めてしまったのにね
なぜ 返事を待ってる

である。
よくあるラブレターの話とも捉えられるが、その前段階があるから決して届かないというむなしさが押し寄せてくる。

しかし、その反面サウンドからは陰などは感じず、爽やかなギターロックとして聞ける両極端な性質を持つ。
発売当時、こいちゃんはインタビューでこんなことを語っていた。

青って爽やかな意味がある反面、寂しさや悲しさの表現にも使われる。

BLUE DIZZINESSを聞いた時にこの言葉が過った。
完全に好きな類のテーマだった。

そして、こいちゃんは楽曲提供した歌詞でも、こんな言葉をはめている。

南波志帆に提供された『少女、ふたたび』
その中の歌詞

ルーフトップ見上げた空には 今日も天井がないから
ずっと終わらない青さが怖くなった

という一説がBLUE DIZZINESSの

見上げた空のBlue触れて
境目などもう どこにもない

とリンクした。

空は雄大さと同時に途方もない怖さも孕む。
それって、青春と同じ性質なのではないか。

なんにでもなれる可能性もあるけど、もしかしたら今のままが死ぬまで続くかもしれない。
または、『その先』に揉まれてしまうかもしれない。

当然ながら、手を伸ばしたところで何も掴むことなく空を切るだけだ。

『自己探索は続いていく...』と締められた紹介文。

高く飛ぶ龍と僕らのその先

と名付けられた新春大学芸会。

龍が高く飛ぶならば、当然ながら背中に乗るだけではなく振り落とされる可能性もある。

私個人としては、音楽始め様々な趣味は心の興が乗っている時に始めて、乗らなくなったら離れていいと思う。
面白くなくなった、自分の心に響かなくなった人のライブに行くのって単純につまらないし。

少なからず、今後の方向性によっては現場から足が遠のく人もいるだろうし、自分も行かなくなったライブはいくつもある。
けど、楽しかった思い出はあるし曲は大好きなのは変わらない。ちょっと距離感が変わっただけでさ。

新旧のファミリー、メンバーにとって力強く暖かく甘いそんな学芸会になればいいと思うし、BLUE DIZZINESSがその一端をになってくれたらいいなとぼんやり思う。

エビ中と同じように、私たちだって色んな可能性の中もがいてるんだから、選び取るのは自分だし、楽しい方に飛んで行きたいよね。
可能性は広がっていて怖いけど、最後に選択肢を託してくれるのは優しさだしさ。

などと、曲を聴きながら思った。

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