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ロンドンでネズミ講にひっかかる

ロンドンの安いホステルにて、たまたま同じテーブルについたモロッコ人のオッサンとポーランドガールと朝食。
モロッコ人のオッサン、旅は一人がいいんだ!友達と行くと必ず喧嘩することになんだから!と猛烈な勢いでシリアルを食っている。話すたびに飛んでくる牛乳を拭っていると、ここいいかな?とイケメンスウェーデン人がやって来た。
さっきまでフーンとしゃりしゃりリンゴを噛んでいたポーランドガールの顔がパッと明るくなり、モロッコ人のオッサンは仕事仕事!とコートにボロボロついているシリアルを布団叩きばりの勢いではたきつけながら去っていった。
ラファエルという名のスウェーデン人青年、彼は世界を旅しながら生活しているらしい。
一体どうやって生計を立てているの?と興味津々のポーランドガール、カミーラちゃん。
知りたい?そしたら、後で君達に秘密を教えるよ、と微笑むラファエル。
そこにバングラディシュ青年モシューも加わり、4人テーブルなんだか盛り上がって来た。
と、突然キッと姿勢を正したラファエル、

「君達の夢は?」

とイケメンスマイルとともに聞いてくる。

――夢?

となんだか照れくさい私たちを尻目に、
「僕は、ハリウッドスターになるのが夢なんだ」
と言い放つラファエル。

間。

え……すごーい!じゃあ、何かそういう、なんか劇団とかに?
いや、そういうのはやってない。
これまで俳優活動は?
それは重要じゃないんだ。旅こそが、僕を夢に連れて行ってくれるんだよ。

静寂。

――あっ、そっかそっか!へ〜!え、でももしかしたらさ、ハリウッドよりボリウッド俳優になる方が面白いんじゃないか?とすっかり茶化すモードに入った私とモシューを尻目に、
夢があるって素晴らしいね、とすっかり目がハートのカミーラちゃん。

「これから僕の秘密を君達に教えるよ。知りたいかい? 」

と言って手提げ袋から何やらごそごそとipadを取り出し始めたラファエル。

It called DreamTrip.(それは、ドリームトリップというんだ)

凍りついた私たちを尻目に、彼は次々とスライドショーでもって謎の旅行会社のプレゼンテーションを始める。

会員になり、それを人に勧めてその人が会員になり、またその人が人に勧めるとどんどんお金がもらえて……という、まさしくこれはNeworking Buisiness、ネズミ講であった。

Dream Tripのメンバーになればラスベガスへの旅行がふたりで立ったの600ドル!しかも五つ星ホテルに泊まれるんだ!さらに会員を増やせば月にこれぐらいボーナスがもらえるんだ!しかも車と家も手に入るんだ!

あまりのGet Money & Get Rich!志向に途中からだんだん面白くなって来てしまったモシューと私であったが、一番かわいそうなのはカミーラちゃんであった。
すっかり落胆しきった長い睫毛が、Okay..と力なくうつむいていた。

御構い無しのラファエル、長いプレゼンを終えると、

Are you ready to start?(夢を叶える準備はいいかい?)

とドヤ顔でキッ!と私たちを見やる、

No!(ねーよ!)と笑いが止まらないモシューと私。

安く旅行にいける会社のメンバーになって会員を増やすことと君の夢になんの関係があるんだ?とかそんなうまい話あるわけない、カネカネうるせー!っていうか夢っていうのは……など、さっきまで照れ臭そうにはにかんでいた私たちは、吐き出すように自分の夢と金についての考えをまくしたてた。

黙っていたカミーラちゃんも、ゆっくりと顔をあげ――そうだよオメーうるせーんだよ!夢を持てとかってオメーさっき私に言ったよな?お?それがなんだよ、変な旅プラン勧めて金儲けしてハリウッド俳優になるだ?あん?何言っちゃんてんだよちゃんちゃらオカシイんだよ!私の夢か?あん?このまま銀行員を続けてたまに頑張って旅行するんだよ、何か悪いかよ!あん?
と止まらないカミーラちゃんにいいぞもっとやれと薪をくべるモシューと私。

「貴重な意見をありがとう。でも、大切な、一度きりしかない人生くだらない仕事に取られるなんておかしいと思わないかい?(キッ!)」

と、動じないハートが強すぎるラファエル。

くだらない仕事ってなんだお前なんか旅してサギしてるだけじゃねえか!っていうか五つ星ホテルに泊まれるとかいって一泊1000円の宿になんでいるんだよオカシイだろとヤイヤイまくし立てる私たち。

会話が途切れるたび、ラファエルは思い出したように
Are you ready to start?(キッ!)とおきまりのキャッチコピーを繰り返し、その度に私たち3人口を揃えてNo!(ねーよ!)というおきまりのやりとりまで誕生し、最初は怒っていた私たち4人もはやだんだん面白くなってきてしまっていた。

朝飯の時間をすっかり超え、もうお昼時になってしまった。

とうとう諦めたラファエル、じゃあまた、と言って去り際にもちろんAre you ready to start?をかましNo!と送り出す。

すっかり精魂尽き果てたわたしたちは、顔を見合わせて笑ってしまった。

対ラファエルとの争いによりすっかり戦友となったこの奇妙な組み合わせの3人は、始まりのインド人に勧められたHyde Parkというロンドンで一番大きな公園に散歩に出かけた。

死ぬほど風が強い中、言いたい放題言ってすっかり打ち解けてしまった私たちはやたらに笑いながらカモメやリスを追いかけ、妙にしあわせだった。
初対面で色々ぶちまけてしまったおかげか、なんだか気楽な仲間たちだった。

今日の飛行機で帰るカミーラちゃんを送り、私とモシューは駅構内のスシ屋で安いスシを食べる。
モシューはわさびが苦手だったらしく、クーと苦しみながらコーラを飲んでいる。
ロンドンに仕事の面接に来たというモシュー、結果が出るのは数週間後だという。
がんばってね、応援していますと言った私の言葉は、自分でも驚くぐらい本当の気持ちだった。
握手をして別れる。

一人になった私は、ふと見つけた古そうな映画館に入る。
ちょうど15分後に映画があるというので、じゃあそれでというと古いイタリア映画であった。
Marriage, Italian Style.
やいのやいの!という効果音がぴったりバッチリイタリアン映画!と言った感じの冒頭から引き込まれ、そしてソフィアローレンがひたすらに気高かった。 笑うタイミングのおかしいオッサンや、これは次どうなるんだろうね?としきりに隣の人に聞き続けるばあちゃんらの話し声と、クラシック映画はやたらに合う。
私以外全員白人の爺婆ばかりの劇場で彼らの白い後ろ頭を見ながら、あーロンドンもいいなと思った。


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