桜舞うロンドンで無職のインド人と散歩

ヒースロー空港の長い長い入国審査の列から解放され、やっとこさロンドン入り。
自分でも驚くほどスムーズに地下鉄に乗り、大雨の中ゴロゴロとスーツケースを引っ張り続けなんとかホステルに到着した頃には、もう夜9時を回っていた。
早速のビショビショの洗礼に、やっと  あ、イギリスに来たのだなと手ぬぐいで頭をかきかき思う。
飛行機の中でずっとしょっぱい焼きそばばかり食べさせられていたので、何かしょっぱくないものが食べたかったのだけど、スーツケースをエレベータなしの4階に引っ張りあげてからヨロヨロと外に出ても、あるのはハンバーガーとピザばかりなり。
雨の中ひたすら歩き続け、店じまいをしているオリエンタルな雰囲気のスーパーでファラフェル(豆コロッケみたいなもの)を買う。
これからパーティーだから今日は早く閉めるとこ!オマケにこれも持ってきな!と3個だけ買ったつもりのファラフェルが20個になり、ついでに大量のサモサとパンがついてきて、1ポンドであった。
宿に帰ってファラフェルをひたすら食べる。しょっぱい。

翌朝、荷解きをしていると私の二段ベッドの下から声がする。
「日本人か?」
上の段から顔を出して、そうだよと答えると「そうかそうか、最近は日本人が多いね」と金のネックレスを何やら直しながらいう彼は、ビジェという名のロンドン在住の無職のインド人であった。
何しに来たというので、グラスゴーに働きに来たというと、グラスゴーはやめとけ、ロンドンがいいぞとしきりに説いてくる。
彼はインドから来たシステムエンジニアで、最近職と家を失いホステルで難民のような暮らしをしているらしい。
そういえば朝食の時に会った目の綺麗なバングラデシュの若い青年もまたシステムエンジニアで、ロンドンの大きな会社の面接に来たんだ、越してくるのが楽しみだと言っていた。
数時間のうちにBefore/Afterを垣間見てしまったような気持ち。
お互いヒマなのでちょっとポートベロー・マーケット(土曜骨董市のようなもの)でも見に行くかと言って快晴のロンドンをぶらぶら散歩する。
桜が咲いている。
道すがら、ビジェは「おい日本人、ロンドンにいるならこのアプリを入れた方がいいぞ、あとこれも、えっオイ!バスに乗るのにオイスターカード持ってないの?!カードはここで買ってここでチャージするんだ、そうだあと、いいか、携帯会社はEEがいいぞ、マンスリープランでもプリペイドでもここが安くてオススメだから!」と聞いてもいないのにメモが間に合わないくらいのTipsを私に授けてくれた。
ウンウンとうなづきながら、
私はあることを思い出していた。
数年前カナダに引っ越してすぐまだ安いホステルに滞在していた時も、私の二段ベッドの下の段にはインド人が眠っており、そして彼もまた私に安いオススメの携帯会社を教えてくれた。
まだ英語もままならず携帯どころでない私だったが、いいからついてこい携帯は必要だ!と、彼は乗り気でない私を携帯ショップに連れて行き「これだ、このプランだそして機種はこれにしろ」とほぼ無理やり携帯を買わせた挙句お礼にジュース奢れと満面の笑みで催促して来たのだった。
私の旅はいつもインド人からはじまるようだ。
カナダでの経験から言うと、この始まりのインド人に逆らわない方がいい。
その時はおせっかいだなあ、自分でなんとかできるよもーうるさい!と邪険にインド人を扱ってしまっていた私だったが、後になって何か間違いを犯した時いつも「あ、あのインド人が言っていたことは本当だったんだ…」となることが少なくなかった。
ビシェと骨董市をぶらぶら、血迷った私はなぜかシワシワのラッコの置物を買った。
あまり上手くないフォークシンガーの歌を聴きながら、無職のインド人と日本人ふたり安いビールを飲みながらしばし突っ立っていた。
来週お母さんがインドからくるので、その時までにせめてアパートだけは探しておきたいんだなとビジェはつぶやいていた。
春が来たから、きっと大丈夫だよとポップソングのようなセリフを言った私の胸は、なんだか妙に高鳴っていた。




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