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映画『乙女たちの沖縄戦 〜白梅学徒の記録〜』(2022)

映画『乙女たちの沖縄戦 〜白梅学徒の記録〜』
Saven satow
Aug. 06, 2022

「梅が香に 昔の一字 あはれなり」
松尾芭蕉

 戦後77年経っても汲み尽くせぬ証言はいまだ少なくない。「白梅学徒」もその一つである。彼女たちの悲劇は、「ひめゆり学徒」と比べ、全国的にはあまり知られていない。2022年8月より公開の『乙女たちの沖縄戦 〜白梅学徒の記録〜』はそれを伝える映画である。

 「白梅学徒」は沖縄県立第二高等女学校の4年生56名で編成された看護学徒である。彼女たち10代の少女は、わずか18日間の看護教育を受けた後、八重瀬岳の第一野戦病院に配属される。しかし、そこでは、運びこまれる負傷兵の多くが手足を切断されたり、死を待ったりしている悲惨な状況が繰り広げられている。彼女たちは戸惑いおののきながらも必死に、手術の手伝いや負傷兵の世話に追われる。だが、とうとう病院壕にも米軍が迫り、学徒にも解散が指示される。歩けない兵士たちを医師が薬殺する病院豪を後にした彼女たちだったが、攻撃に遭い一人また一人と命を落としていく。

 この映画はドキュメンタリーパートとドラマパートによって構成されている。前者は、学徒の生存者で、現在90代の中山きくさんと武村豊さんによる当時の状況の語りを中心にし、後者はその証言を要約して再現している。ドキュメンタリーパートの監督は『ドキュメンタリー沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』の太田隆文、ドラマパートの監督は『ある町の高い煙突』の松村克弥が務めている。なお、ドラマの脚本も太田隆文が担当している。

 この作品はドキュメンタリーパートとドラマパートが関連している。前者は、後者に出演する女優の一人である森田朋依が役作りのために白梅学徒について調べる形式になっている。

 ドキュメンタリーはあまり知られていない物事を伝えるため、しばしば制作者が「教える」態度をとってしまう。しかし、この作品では主人公の森田朋依を通じて「学ぶ」姿勢で描かれている。制作者も、観客同様、映画によってよく知らないことを学んでいる。

 ドキュメンタリーパートのナレーションは森田朋依のモノローグである。最近のTVドキュメンタリー番組では、女性がナレーターを担当する場合、若く内気な印象の声で語られることが多い。これは、繊細さや傷つきやすさについての無理解からくる誤った選択である。それは自信のなさを表わしているだけで、事実を知ることによる精神的深まりと結びつかない。一方、森田朋依のナレーションでは陰にこもるようなところがない。等身大であり、観客に近く、事実を知った際の心理的葛藤がある。

 その森田朋依が白梅学徒の生存者に話を聞く。このシーンでは彼女は一言も喋らない。体験者が話すカットの間にただ無言で曇った表情の彼女のカットが挟まれる。それは観客自身の姿である。何も話さず、ただただ聞き、それに戸惑い、ショックを受け、どう言ったらいいのかわからない。

 そうした探求が一通り済むと、森田朋依が登場人物の一人となってドラマが始まる。内容はドキュメンタリーを要約した再現である。それが終わると、再びドキュメンタリーに戻り、彼女が白梅学徒たちの慰霊をするなどをして作品の幕が閉じる。

 生存者の証言によると、乙女たちは嫌々ながら現場に赴いたわけではない。むしろ進んで向かってさえいる。もちろん、そのあまりの生凄惨で想像を絶する光景に激しく動揺している。けれども、彼女たちをその行動に駆り立てたのは、「お国のため」という意識である。

 乙女たちが幼い頃から日本は戦争を続けている。彼女たちは戦争を他人事と思う時もあるが、社会は戦時下である。生存者も「教育」を口にするように、学校教育はいうまでもなく、さまざまな機会を通じてそう心が支配されている。内面の自由が奪われる時、悲惨な戦争がもたらされる。そうこの映画は伝えている。

 『乙女たちの沖縄戦』はドキュメンタリーパートが大半で、ドラマパートは短い。事実上ドキュメンタリー作品と言える。白梅学徒という全国的には知られていない沖縄戦の悲劇を意欲的なドキュメンタリーのスタイルで描いた労作である。
〈了〉


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