アベノミクスと地域間格差(2017)

アベノミクスと地域間格差
Saven Satow
Dec. 19, 2017

「一極集中か、多極分散かという議論はずっとありましたが、そうではない。多極化しつつ集中する。それぞれの地方に極になるまちがあり、ある程度集約的なものになっている状態が理想です」。
広井良典

 2017年12月19日付『朝日新聞』は「安倍政権の5年、10点満点で評価5.2点 改憲は採点割れる 朝日新聞社世論調査」において5項目の世論の評価を奉じている。それは「経済」・「社会保障」・「外交・安全保障」・「原発・エネルギー」・「改憲」であるが、「教育」がないなどなぜこの項目なのか説得力に乏しい。なお、調査期間は16・17日である。

 最も評価が高いのが「経済」の5.3点である。次いで「外交・安全保障」が5.2点、「社会保障」は4.5点、「改憲」4.5点で、最も低かったのは「原発・エネルギー」の4.2点だ。

 しかし、この世論調査の結果が安倍政権の5年の成果の実態を必ずしも反映しているわけではない。アベノミクスは、社会全体の資源の配分の効率性を示す社会的厚生関数で言うと、稼得能力依存型に分類できる。これは、富裕層の効用を膨張させて、社会全体の経済規模を大きくするという考えである。貧困層の効用の増加は二の次であるので、格差が拡大する。

 安倍晋三首相は、アベノミクス始動に際して、トリクルダウン効果を主張している。しかし、開発経済学の知見によれば、経済成長と貧困削減は弱い相関性を示すだけである。富裕層の効用が増大すれば、それがおのずと貧困層に波及するわけではない。

 2017年12月13日、James MaygerとHannah Dormidoが”The Rich Are Getting Richer in Abe’s Japan (アベの日本において金持ちはより金持ちに)”を『ブルームバーグ』に発表している。それによると、アベノミクスは富裕層をより富ませ、地域間格差を一層拡大させている。

 なお、ブルームバーグはこの記事の邦訳「一億総中流はすでに過去、アベノミクスの陰で日本の格差拡大」も配信している。しかし、以下の冒頭部分の原文と和訳を比較すればわかるように、別物と思えるほどで、閲覧を勧められない。

 Japan has an income-inequality problem, and it’s getting worse. While the country is enjoying its best stretch of growth since the mid 1990s, many are missing out.
 The widening income gap—while nothing like U.S. imbalances—is making it tougher for the nation to deal with demographic challenges, as stagnant wages deter people from having children and an aging workforce hampers the government’s efforts to raise revenue to pay for the older society.
 While Prime Minister Shinzo Abe is responding to the problems—officials this month are drawing up plans to help parents by making early childhood education free—the following visuals draw on tax and population data to illustrate how and where income has shifted across Japan under Abe’s watch.

 貧富の差が小さい日本の社会構造を表す「一億総中流」は、格差拡大によって過去となりつつある。
 足元、経済成長は続いているが、賃金の上昇はわずかで、果実は平等に配分されていない。収入が増えない中、貧しい人々の子どもを持つ意欲は薄れ、日本の人口問題を悪化させる可能性もある。高齢化社会に備え、増税しようとしている政府の努力も無駄に終わることになる

 これは翻訳とは言えない。そのため、日本語の引用が必要な場合は拙訳を用いる。

 確かに、東京都はアベノミクスの恩恵を受けている。2016年度までの5年間平均課税対象所得は7%増だ。他方、奈良県と香川県に住む約240万人の所得は減少している。関西経済の中心である大阪でさえ、所得は東京の77%である。パナソニックやシャープなど製造業の不調が住民の収入にも影響を与えている。

 47都道府県の中で所得最低の秋田県は東京の59%にとどまる。また、福島県の所得が増えたが、それは3・11の原発事故の補償と復興事業に関連したものだ。

 その東京にしても、都内間格差が拡大、それは他の道府県よりも大きい。平均課税対象所得が日本で最も多い港区は、16年の所得が12年比で23%増加、約1110万円である。港区の所得は増加幅が1桁台の江東区や大田区の3倍近い。また、檜原村の約900人の納税者の対象所得は、港区の4分の1である。

 地域間格差が増加すると、地方の状況はより悪化する。所得の地域差が大きければ、地方の若者は職を求めて都市に移動する。その地方の収入が増えなければ、資産蓄積の機会がなく、消費も低迷する。景気は停滞、自治体の税収が伸びない。人口減と高齢化が進む地方は収入も税収も上がらず、医療・福祉・行政などの生活に必要なサービスの維持が困難になる。

 2015年の国勢調査によると、実際、所得全国最低の秋田県は人口減少率が都道府県の中で最も高い。次いで福島県、青森県、高知県、和歌山県と続く。人口動態は大きく二つの要素によって構成される。一つは出生者数と死亡者数の差による増減で、自然増減数である。もう一つは転出・転入の移動に伴う増減で、社会増減数である。秋田県は自然減勝つ社会減である。

 なお、2017年総選挙において秋田県は全3区で自民党候補が当選している。その中には、金田勝年前法相も含まれる。小選挙区の投票率は60.57%と全国平均53.68%を上回る。

 東京都は人口増加率が都道府県の中で2番目に位置する。ちなみに、1位は沖縄県で、自然増によって人口が増加している。3位以下は埼玉県、愛知県、神奈川県である。東京都は自然減であるが、社会増である。格差拡大が東京の人口増加をより促したとも言える。

 こうした現状分析をしたうえで、同記事は次のように日本に警告をしている。

 Low-income growth for many means that the recent economic recovery is passing them by. The economy loses out when they forego consumption, and the nation loses out if they can’t afford to start a family, or pay little or no tax because they don’t earn enough. Japan faces a number of difficult economic problems—the population is shrinking, it’s highly indebted, and it’s still shaking off the effects of a burst asset bubble and the ensuing deflationary malaise. Rising inequality make it harder to deal with those problems.

 多くの人々にとって、所得の低い伸びは最近の経済回復が素通りすることを意味する。 彼らが消費を先延ばしにすると、経済が低迷する。また、彼らが十分な収入を得ていないために家族を養えなかったり、税金をほとんどあるいはまったく支払えなかったりすれば、国家が低迷する。日本は厳しい経済問題に直面している。人口が減少、多額の借金、爆発的な資産バブルとそれに続くデフレの悪影響に揺るがされている。 不平等が高まると、そのような問題に対処することが難しくなる。

 安倍政権の経済政策は難問を将来に先送りしたどころか、さらに対処を困難にさせている。政府は長期的な視野で臨まなければならない問題に手をつけず、刹那的な政策をもっともらしく宣伝する。何かをやっているかの錯覚を世論に与え続け、自惚れと無責任が社会に蔓延している。その上、地域間格差は拡大していないとか格差は決して悪いことではないといった御用主張がメディアにはびこる。世論による安倍政権の経済に対する高い評価は朝三暮四でしかない。
〈了〉
参照文献
「都道府県別人口増減率一覧。大阪府までが減少する中で、人口増が続く沖縄県」、『シニアガイド』、2016年10月31日00:00]JST
https://seniorguide.jp/article/1027423.html
「【Kickoff Talk】広井良典『拡大・成長から持続可能性へ。人口減少時代だからこそ、ローカルにチャンスがある!』」、『Local.Biz』、2017年11月15日
https://local-biz.jp/works/653
Janes Mayger & Hannah Dormido, ‘The Rich Are Getting Richer in Abe’s Japan’, “Bloomburg”, Dec. 13, 2017
https://www.bloomberg.com/graphics/2017-japan-inequality/
ジェームズ・メーガ&Hannah Dormido、「一億総中流はすでに過去、アベノミクスの陰で日本の格差拡大」、『ブルームバーグ日本語版』、2017年12月13日9:56 JST
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-12-13/P0UAO06JTSE801


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