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ワクチンと陰謀論(2)(2021)

第2章 楽観バイアス
 慎重派・消極派の挙げる最も多い理由は副反応への不安であり、こう見てくると、理解できるだけでなく、接種に向かう可能性も予想できる。ただ、こうした健全な理由以外を考えている人たちもいる。

 その一つとして「楽観バイアス」を指摘することができる。それは自分は大丈夫だという認知の歪みである。

 『NHK』は、2021年8月8日 15時37分更新「『自分は感染しない』40代と50代の約半数 リスク認識が不十分」において、そういう人たちが少なくないと次のように伝えている。

日常生活で新型コロナウイルスに感染すると思わないと考える人が、40代から50代ではおよそ半数に上ることが国際医療福祉大学の調査で分かり、専門家は、入院する人がいま最も多いこの世代に感染するかもしれないという認識を持ってもらうことが重要だと指摘しています。
調査は、国際医療福祉大学の和田耕治教授らが、7月13日からの3日間首都圏の1都3県の20代から60代を対象にインターネットで行い、およそ3100人から回答を得ました。
調査で自分が新型コロナウイルスに日常生活で感染すると思うか尋ねたところ、「あまりそう思わない」か「そう思わない」と答えた人は、
男性は
▽20代で43%、▽30代で41%、▽40代で52%、▽50代で55%、▽60代で66%。
女性は
▽20代で42%、▽30代で45%、▽40代で48%、▽50代で60%、▽60代で70%でした。
ワクチン接種が進んだ60代をのぞくと、男女ともに、いま入院患者が多い40代や50代が高くなっていました。
知り合いに感染した経験がある人がいた場合、▽20代から30代では60%以上の人が「感染すると思う」と答えましたが、▽40代から50代では知り合いに感染経験のある人がいてもいなくても、半数以上が「感染すると思わない」と答え、研究グループは感染リスクの認識が十分ではないとしています。
和田教授は「リスクの認識が低いと、感染対策もおろそかになりがちだ。企業でも中心的な役割を担っているこの世代の人たちに感染リスクを正しく認識してもらう必要がある」と話しています。

 複雑な状況では慎重なリスク計算と評価が必要になる。しかし、見通しの悪い道路ほど確認を怠るように、計算量が多い時ほど面倒になり、思考をショートカットして経験則や直観に依存してしまう。直観による即断即決や過去の経験からの類推を判断の根拠にするというわけだ。思考の過程を中抜きして結論に飛びつこうとする。その際、動機づけられた認知により自分の願望に沿った情報を信じ、結論を導き出す。速く進みたいという願望があり、「ここは交通量が少ない」や「前に通った時も大丈夫だった」といった正当化する根拠をひねり出す。状況は深刻だが、自分だけは大丈夫だといった楽観バイアスもそこに潜む。情報は自身の信念を強化するものが優先的に選ばれるので、それに沿った結論が導かれる。

 「楽観バイアス(Optimism Bias)」は「正常性バイアス(Normalcy Bias)」と似て非なるものだ。新型コロナウイルス感染症はたいしたことがなく、風邪のようなものだと思うのが正常性バイアスである。主にパンデミック初期に見られた「コロナ否認主義(COVID-19 denialism)」もこれに含まれる。一方、新型コロナウイルス感染症は危険な感染症であるが、自分だけは大丈夫と思うことが楽観バイアスだ。

 楽観バイアスには「コントロール欲求(Desire for Control)」や「知覚された行動のコントロール(Perceived Behavioral Control)」が影響しているとされる。人間は程度の差こそあれ判断や行動は自分で決めたいという欲求を持っている。しかし、自らハンドルを握っているなら安全だが、他の誰かの運転は信用できないので危険だというように、それはしばしば自分に甘く、他人に厳しい態度につながってしまう。

 制御欲求により「自分は対策を十分に行っている」、「自分は危ないことはしない、」、「自「分は運がいい」と感染リスクを低く見積もる。その反面、他者に対しては厳しい目を向け、「対策を十分に行っていない」、「危ない行動をとっている」、「ああいう人たちが感染を蔓延させて自分を危険にさらしている」と責め立てる。状況悪化の原因を自分以外に求めて糾弾、場合によっては、正義感を気取って他者に嫌がらせを始める。

 コントロール欲求が極度に強いのが独裁者である。彼らは自分以外を信用せず、強権的に他者を抑え込もうとする。他者を自分でコントロールしないと気がすまない。反面、自分自身の行動には極めて甘い。

 コントロール感の強い独裁者は楽観バイアスに囚われて判断する。彼らは、他者が歯向かっているわけではないので、パンデミックを甘く捉える。むしろ、それこそが自分を陥れようとする騒動とさえ思う。不都合なことが起きると、強権で解決してきたから、その深刻さに気づいても、合理的な判断ができない。問題点の指摘や科学的提言をなかったことにする言論統制を強化、場当たり的な政策を繰り返し、事態をさらに悪化させる。

 もちろん、「自分は感染しない」と思う市井の人々は独裁者ではない。しかし、事態を悪化させていることは似ている。

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