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◇14. 学校図書館での日々

子どもたちからの冷ややかな歓迎で始まった学校図書館での仕事。最初こそグッとこらえる場面はあったけれど、時間の経過とともに、子どもたちから少しずつ受け入れられてきたかもという手ごたえを感じ始めていた。

「〇〇の本が借りたい」に応える

働き始めてまず驚いたのは、この学校では図書館が授業にしっかり組み込まれており、低・中学年を中心に、ほとんどのクラスが週に1時間ずつ国語の時間を「図書館の時間」に充てていたことだった。新学期が始まり、同僚が白紙の時間割表を張り出すと、先生たちが我先に!と自分のクラス名を記入していく。そして多くの時間が各クラスの「図書館の時間」として予約されていた。

3,4年生の子たちは、図書館にやってくるといつも自分の読んだ本を互いに勧め合いながら「この本面白かったよ」「このシリーズ超良いよ」と、本棚の前でおしゃべりし、楽しそうに過ごしている。図書館を使い慣れたその様子は見ていてとても頼もしく、「こうやって自然に、次々と読みたい本を見つけていけるなんて素敵な環境だなぁ」と思いながら、わたしの出る幕はないわとかれらの様子をぼーっと眺めていた。

すると突然、何人かの女の子たちがカウンターへやってきて、そのうちの一人が「『秘密の王国』の8巻が読みたいんだけど借りられる?本棚になくて」という。検索すると貸出中となっていたのでそう伝えると、がっかりして帰ろうとするので「予約しておこうか」と声をかけ、呼び止める。すると、その子の表情がぱぁっと明るくなり「え、そんなことできるの?!」という。どうやらこれまで人手不足で予約手続きは行われてこなかったそうだ。「そのぐらいならすぐできるよ」と、バタバタ作業をし、名前とクラスを確認して『秘密の王国8』を予約。その子は嬉しそうに教室へ帰って行った。

「あの、図書館の新しい人に言えば、どうやら本の予約ができるらしい」ーその情報はじわじわと子どもたちのあいだで広まっていった。その後もちらほらと「『ビーストクエスト』の18巻を借りたいんだけど、ぼくにも予約してくれる?」「『グレッグのだめ日記』2巻って予約できる?」と、やってくる子たちが増え始めた。所蔵している本であれば問題なくできる(と思っていたが実はそうではなく、別のなかなか難しい問題もあると後にわかる)けれど、紛失していたり、所蔵していない場合はどうしたものかー。少し考えて、「そうだ、こんな時こそ公共図書館」と思い立ち、学校の貸出番号で以前の職場でもある市立の図書館に予約申請をした。

予約した本が図書館に届き、本を待っている子に手渡す準備ができると、始めの頃、わたしはその本を担任の先生のポスト(職員室の前にはすべての職員用にポストがある)に入れていた。ところが、先生によってまったくポストを使っていないことが分かり、それならばと、本を待っている子本人に直接手渡しすることにした。授業時間中に教室に届けるのはさすがに邪魔になるかなと躊躇したけれど、休み時間は教室にはだれもおらず鍵がかかってしまうこと、そして図書館の同僚ドーテからも「全然大丈夫!図書館から直接本を届けてもらうことに反対する先生はいないから!」と太鼓判を押してもらったこともあり、授業中の教室へ直接届けにいくようになった。

教室をノックしてそーっと入る。するとそこにいる子どもたち全員がわたしに視線を向けて「え?だれ?図書館の人?なんで?」という表情をする。そんな視線を感じながら「〇〇さんに本を届けにきました~」と言うと、いつも必ずひとりだけ眼がピカーン☆と光る子がいるので「あなただよね?」と確認し、「どうぞ。楽しんでね!」と本を渡して教室を去る。これは図書館サービスの良い宣伝にもなっていたようで、その後も予約お願い!とやってくる子たちは増えていった。

この当時ツイッターに書いていたこと。

「これの続きが読みたいんだけど…」とか「〇〇って本を探してる」と言ってきた子たちは必ず手ぶらで帰らせないようにしてる。少なくともどこかから必ず本を調達する手はずはつける。関心のあるうちに手元に届けることをわたしはとっても重要だと思ってる。

その本がなくても目の前で予約し、届いたら教室に届ける。学校図書館はお願いしたら読みたい本を見つけてくれる場所だという信頼をもってくれると、私も嬉しい。本たちも嬉しいはず。

〈図書館の時間〉のお手伝い

図書館の時間、特に低学年の時間は、本選びを手伝うことも多かった。例えば月曜2時間目は2年A組の時間、25人ぐらいの子どもたちが、担任の先生と一緒にわいわいやって来る。

そこでまずすることは本の返却。毎回子どもたちは、前の週に借りた本を抱えてやってくるので、担任の先生が傍に立ち、一人分ずつバーコードリーダーで読み取り、返却作業をしていく。それが終われば、子どもたちは「今週の本」を見つけるために、あちこちの本棚へと散らばっていく。

子どもたち、と一言で言っても、特に低学年は、一人ずつ読めるレベルやページ数、好きなジャンルやテーマがちがう。そしてデンマークの子どもの本には、〈絵本〉と〈児童書〉の間に〈読み方練習用の本〉というものがあり、低学年では、まずその本を多読して、読む力をつけていく。特に学校図書館ではこの〈読み方練習用の本〉がとても重要な役割をしている。

この〈読み方練習用の本〉、通称・LIX本は、単位が3~20 ぐらいある。低い数から始めて、読めるようになると少しずつレベルを上げていく仕組みで「今ぼくはLIX7の本がちょうど読みやすい」という子には、LIX7の棚へ案内し、そこから読んでみたい本を選んでもらう。そうして少しずつ自分がどのあたりにいて、どこの棚で本を探せばよいかがわかってくる。

学校図書館のLIX本。LIXの数値ごとにならんでいる。

LIXとは、"Læsbarhedsindex" の略称で、その意味は「読みやすさ指数」。文章の読みやすさを図る単位で、一文当たりの単語数と、6文字以上の単語が出てくる頻度で算出されるらしい。デンマーク語は綴りと発音が大きく違うので(日本語のひらがなとは対照的だ)、この〈読みの最初の段階〉がなかなか難しい。そんな理由もあって、LIX本で読む力を鍛える期間が重要になってくる。

とはいえ、シンプルな文で書かれた本、例えば "Bo er ko" (Bo is a cow)  のような文章の本が、読んでいて面白いかと言うと…、むー、なかなか難しいのも事実。「これつまんないー」と言ってくる子ももちろんいる。でもLIX本の目的は「自分で本を読めるようになる」ことなので、とにかく多読し、自分の読みのレベルを上げていくためのものなんだよーと言いながら励ます。だいたいの子たちが、〈文章を見て意味がわかる!〉という体験をポジティブに受け止めてくれるので黙々と多読し、LIX本を卒業していく。その後は、日本の児童書のような物語や、情報量のある本(ノンフィクション・図鑑など)が少しずつ読めるようになっていく。

そんな感じなので、低学年の子どもたちの本選びは大人が付き添うことが多い。担任の先生ひとりでは間に合わないこともあり、わたしも少しずつ手伝うようになった。「どれを選んだら良いかわかんない!」という子には、少しずつ音読してもらい、手ごたえを確認しながら「このLIXのあたりで、読んでみたい本を選ぼっか」といった具合。だからとっても時間がかかってしまい、45分間は飛ぶように過ぎていく。

ある日、音読が苦手な女の子といつものように本を選んでいると、その子は片手に分厚い本をいくつも抱え、今日はこれだけ借りて、LIX本は要らないと言い出した。「どうして?」と尋ねると「LIX本はつまんないから」。うーむ、それはわかるけれども、と思いつつ「これは読み方の練習の本だからね、たくさん読めるようになれば、もっと色んな本が借りられるよ」と話してみる。それでも彼女は頑として、LIXは嫌だと譲らなかった。確かに内容は薄いし、おもしろい本ではないのが多いけど、その子の音読力から考えても練習が必要なこと、そしてこの時間が国語の授業でもあることから「その分厚い本とLIX本の両方を借りて帰ったらどう」と提案してみる。しばらく黙った後、「それでも今日は分厚い本だけ借りたい」というので、「どうして?何かあった?」と尋ねると「ママがもっと分厚くて、たくさん字がある本を借りてきなさい、あなたはもっと難しいのが読めるでしょって」という。

親目線では、こんなつまらなそうな薄い本を借りてどうするんだと思うのかもしれない。とはいえ、その子が探してきた素敵な表紙の分厚い本たちは、自力では読めないだろう。お家の人が読んでくれるだろうか。

彼女の表情を見ながら「あなたが選んできたその素敵な本ね、今日は1冊だけ借りて、お家でママかパパに読んでもらおっか。読んでくれるかな?それで、あなたはこのLIX本を、自分でお家で声に出してママとパパに読んであげて。それでどうかな?」と尋ねてみる。その子は少し考えてから「わかった、そうする」と言うと、ポニーが描かれたその本を大切そうに抱え、うすっぺらいLIX本も「仕方ないか」とあきらめた表情で抱えて貸出コンピュータの方へと向かっていった。ふー。ママさん、パパさんよろしくお願いしますと思いながらその子を見送った。


休み時間の風景

授業時間だけでなく、休み時間もまた色々な子どもがやってきた。学校内には「休み時間は外で過ごす」というルールがあり、建物の中にいることが先生に見つかってしまうと、子どもたちは「何でここにいるのー?外に出なさいよ」と言われていたが(特に冬)、図書館へやってくる子たちにはそれぞれ事情がある様子だったので、わたしは自分が教員ではないのを良いことに何も言わず、素知らぬ顔でカウンターに座っていた。

一人でふらっとやってくる子たちがいた。休み時間に一人で図書館にくることが少し気になりつつも、そういうこともあるよねと、敢えて声はかけずにいた。本のページをぱらぱらめくって静かに過ごす子もいれば、わたしに声をかけてきて、おしゃべりしていく子もいた。始めはこの前読んだシリーズ作品が面白かったという話から、クラスの友だちがあまり優しくないとか、先生は助けてくれないからといった話を、ぽろぽろとして休み時間が終わると教室へと帰って行く子もいた。

あるとき、新しい子たちが図書館に来るようになった。デンマーク語ではない言語を話すかれらは、シリアから難民としてデンマークへやってきた子たちだった。

なかでも一番年上の男の子は、図書館にあったチェスを見つけ、一緒にいた子たちに〈チェストはなんぞや?〉について話し始めた(ようだった)。彼が話す言葉は理解できなかったけど、チェスの駒をひとつずつ取り上げ、妹らしき女の子と、別の2人の子たちにルールを楽しそうに説明している。彼の話し方は自信に満ちていて、周りの子たちは吸い寄せられるように彼の話を聞いていた。それはまるで素敵な物語が語られているようで、チェスを囲んで座っている4人の空間は、そこだけが周りから切り離されて光を放っており、通りがかった他の生徒や先生たちも思わず目を向けてじっと見つめてしまうような、不思議で尊い空間だった。

そんな日が何日か続いたあと、かれらはそれぞれ、学年やクラスが割り当てられたのか、バラバラになってしまった。そして4人そろって図書館へ来ることもなくなってしまった。


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