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『街の上で』で感じるミニシアター系の空気

映画というと、派手なアクションや壮大な音響がないと観る意味がないという人は、ガチガチなオタクである私の周りにもぼちぼちいる。

洋画大作がない=観る映画がないって思っている友人などもいて、さすがに「邦画だって頑張ってるのよ!?」と説得してしまった。

でもまぁ、せっかく大きなスクリーンで観るのだから、派手なのが観たいという気持ちはわからないでもない。

だけど、私は比較的小さなスクリーンと箱でしんみりとやるミニシアター系映画もわりかし好きで、たまに観に行く。

今回はまさにそんなミニシアター系の空気がバシバシ出ている『街の上で』を鑑賞しました。

観賞シアターは、新宿シネマカリテ。『スピリッツ・オブ・ジ・エア』デジタルリマスター版以来の来館です。スピリッツオブジエアもなかなか好みの作品だったので、機会があったら感想を書いてみたい。

で、『街の上で』に話を戻しますと。

『あの頃。』『his』で個人的に思い入れができた今泉力哉監督の最新作。といっても、この作品はコロナやら何やらで1年延期されているので、時系列的には『あの頃。』の方が新しいのかな?

簡単に言うと、下北沢の古着屋で働いている普通の青年が、様々な美女との出会いを経て、特に成長しない物語です。

特に成長はしない。(大事なところ)

いや、ここは割と重要なポイントだと思うんですけど、ミニシアター系の映画だからこその空気感というか。

たとえば、これがテレビの2時間ドラマとかだったら、主人公になんの目的も達成もない作劇したら怒られるでしょ?ってなるし、大型シネコンで上映すること確定なエンタメ映画とかでもコレやったら怒られるでしょ?って感じがある。そういう「何も起こらなくても許される映画」「空気を味わうだけの映画」が許されるというのが、ミニシアター系の味わいだと思うんですよ。

この作品に関しては特にネタバレしても問題ないというか、多分言葉でネタバレしてもストーリーが伝わらないと思うので、特に改行せずに書きます。


公式で出されているあらすじだと、自主映画に誘われた主人公がそれをきkっかけにしてなんやかんやあるというような感じなんですけど、自主映画さほど重要ではない。

いや、場面としては面白いんですよ。ただ普通に本を読むだけという演技ができなくて、ガチガチに固まって視線泳ぎまくりな主人公……。主人公の荒川青役の若葉さん、めちゃくちゃダメな素人を演じるのが上手ですね。

普通にその辺の人が演技してもそうはならんじゃろ!というくらい、真に迫ったダメ演技がすごいんですよ。

しかもこの主人公、女友達に頼んで演技特訓してこれなんですよ。一周回ってダメすぎて愛しいレベル。

そもそも、この主人公の青くん、開始五分で彼女に浮気されてフラれるんですが、その時もネチネチと「浮気相手教えて」「別れたくない」とぐるぐるしていて、本当にヘタレ主人公の鑑なんですけど。

なじみの古本屋の店員女子相手には地雷を踏み抜き、映画監督女子には大根演技で呆れられ、衣装係女子と仲良くなったものの「友達にしかなれない」という風なことを言われてしまうので、美女が次々寄って来るのにうらやましさがあまりない。

ちょっとしたことでだだすべる。この主人公、なるほどダメだ。

『his』や『あの頃。』でもそうだったけど、今泉監本当にダメ人間の解像度が高いなと思いました。「そりゃダメでしょ」ってなるキャラクターを役者さんに上手く当てるというか。それでいて「ダメ主人公は生まれ変わらなければいけない」というメッセージがなくて、何となく優しい。

バンドマンや役者など、夢追い人が多いイメージの『サブカル系な下北沢』と、良くも悪くも『下町っぽさの残る下北沢』がダメ主人公の解像度を上げていく。

主人公の青はダメ人間だし、浮気した元カノのユキちゃんに未練タラタラでメールを送りまくるようなヤツなんだけど、ある種の育ちの良さそうな純朴さもある。

あんなにネチネチ浮気相手を気にしていたのに、いざ元カノが連れてきた浮気相手(別れることにした)が、元カノが好きだった芸能人だと分かった瞬間「いいの?追いかけなくて!」と慌てて聞いちゃう。

お前、そいつはお前から彼女を奪った浮気相手だぞ!ってツッコみたくなるんだけど、でも本気で「いいの?別れちゃって大丈夫なの?」って全力で元カノに聞いちゃうんだな。元カノが「やっぱ好き」ってヨリを戻しちゃうの、彼のこういうある種の「善良なダメさ」が好きだったと気付いたからなんだろうな、っていう。

この映画の面白いところって、特に事件が何も起きていないのに、ちょいちょい会話が事故るところなんですよね。

いきなり語りだす警官を相手にしてキョドる主人公に対して、同じ警官から何の興味もない与太話を聞かされたのにそれを自分の恋愛観にアップデートしちゃう元カノとの対比とか。

衣装係のイハちゃんの家にあがりこんだのに、何故か自分の恋愛遍歴を延々と語ってしまう主人公とか。イハちゃんの恋バナを聞いた時に、思い切り下ネタな返しぶつけてしまって空気を塩にするところとか。

イハちゃんの家に泊まって朝帰り(特に色っぽいことは何も起きない)主人公、コンビニ行くついでに送っていくイハちゃん、イハちゃんのストーカー気味な元カレ、元カノのユキちゃん(と朝まで付き合ってやっていたバーのマスター)が大混線しているところの会話とか本当面白いんですけど、言葉で説明しても混線しすぎてて伝わらないんですよね。

主人公が元カノのユキとバーのマスターのことを問い詰めたくて、でもイハちゃんのためにストーカー男には俺が今のイハの彼氏って言っておいた方がいいこともわかっていて、どっちを重視すればいいかわからなくて大パニックになっているんですけど、ホラ、文章で書いても伝わらないよ、コレ!!

元カノユキちゃんと同じだけの力強さで、場をややこしくしたストーカー男に「お前誰だよ!」って叫びたくなります。(名前も出てこないストーカー男)

他にも面白いところいくつかあって、最初に出てきたこじれたカップル(未満)が宇宙猫柄のTシャツを買っていくシーン、話が進んでいくごとに通りすがりでカップルのその後がどうなったのかわかるようになっていて。

こういう小ネタを見つけると「おお!」となる。

こういうのって、やっぱりドラマとかじゃなかなか面白い感じにならなくて、大規模作品でやるともっとあからさまでチープな感じになっちゃうと思うんですよね。

会話のズレズレな面白さとか、ささやかな小ネタの仕込みとか、下北沢ならではの風景とか、ミニシアター系映画だからこそできた空気感だなぁ、と思いました。


『his』と『あの頃。』が面白かったので今泉監督応援のつもりで観に行ったんですけれど、ミニシアター系の味わいをたっぷり楽しめたのでヨシです。結構会場内で笑い声が出ていました。水曜のサービスデーに行ったからかもだけど、平日のちょっと夕方には早いくらいの時間帯でもほぼ満席に近かったなー。

イオンシネマの一部でも上映あるみたいだから、イオンシネマで観ようかなって思ったんですけど、この作品に関してはミニシアターで観て正解だった。そんな気がしてます。

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