「自分で選んだ楽しい時間」 メディアとの距離感1 ~作家売買~

豊かな生活って具体的にイメージできますか?

私は昔は「金さえあれば、豊かな生活ができる!!」って妄信してました。

「高級住宅街の邸宅に住んで、高級レストランで食事をして、高級な服を着て、、、」

一先ず、「高級」ってついてるモノを買い漁れば「豊かな生活」だって思っていました。



全てをそろえられませんでしたが、それでも働いて、たま~に「高級」ってモノに手を出しては、ニヤニヤと自己満足に浸っていました。


けどね。そのうち、全く面白くなくなったんですよ。楽しくなかったんです。


買った商品が悪いとかじゃなくて、どの高級店の、どの高級商品を買っても満足しないんです。

ワガママですよね。「欲しい!欲しい!」って長年思い続けていたモノだったのに。


そんな時、「アレ?おかしいな??」って立ち止まって考えました。


「長年、追い求めてきた高級品を少しづつ買い集めているのに、ど~して楽しくないんだろう?」


そしたらね。「ああ、そうか!この『楽しいの定義』はメディアから宣伝された『販促込みの楽しい定義』だから、私の楽しい感覚は長続きしないんだ!」って結論づけました。


メディア批判をしたいんじゃありません。それがメディアの仕事ですし、利用者として広告を閲覧する時間を提供するかわりに、ニュースからエンタメなど高品質な情報をたくさん得られてきたんですから、感謝しています。


その完成されたメディア商売システムってのに甘えすぎていたんだな~って痛感したんですよ。私はメディアの便利さに骨抜きにされて自分で考えることをやめていたんです。

けど、お世話になり過ぎて、「メディアでおススメされたことだけが楽しいことだ!」って自分の中で勘違いを起こしていたんです。


自分で考えて「自分が思う豊かさ」や「自分が思う楽しさ」を考えずに「メディアが提供している情報だけが全て楽しい」って思ってしまっていた。


なので、「私が思う豊かな生活」を再定義しました。


次回に続く

文章長いと目が疲れますよね~


今日も、誰かに笑われる記事でありますように。