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長崎異聞

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橘醍醐は、女心が分からぬ。 かれは次男であり家名は告げぬ。なので長崎奉行で小役を賜る。端役である限り無聊だけは売るほどある。 時は慶応26年、徳川慶喜の治世は30年近い。 その彼… もっと読む
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長崎異聞 34

 埠頭まで駆け寄った  然るに、時既に遅し。  高雄丸は曳航縄を四方に掛けられて離岸してい…

百舌
2時間前
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長崎異聞 33

 薄靄が海面を覆っている。  海風は予想外にも冷たい。  払暁が赤紫に染める天海。  黒々…

百舌
2日前
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長崎異聞 32

 門司とは不遇な港である。  今やその港は異国となる。  凡そ四半世紀は昔のことである。 …

百舌
4日前
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長崎異聞 31

 結われた金髪が揺れている。  細かく編み込まれているが、どんな作法なのか醍醐には判らぬ…

百舌
7日前
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長崎異聞 30

 窓掛けが緩く風を孕んでいる。  遠く港より汽笛が響いてくる。  その汽笛が途切れると、ふ…

百舌
11日前
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鎮魂の雨 l 青ブラ文学部

 小雨のなかでバイクを停めた。  佐賀城本丸歴史観を訪問した。   春先に《江藤新平没後15…

百舌
3週間前
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長崎異聞 29

 細目の眼が検分している。  橘醍醐はそれを微風を受けるかの如く、平然と椅子に座している。  まだ一言も交わしてはおらぬ。  江藤新平、彼も上背がある方ではない。  醍醐の上役と違い、官服で高飛車に出るのではなく、華美で沙羅な洋服を誂えているのではなく、着流しの和装である。ただ腰には一刀だけは帯びている。一見しては共和国政府の高官というよりも書生じみている。  かなり年嵩の書生で、すでに五十坂は越えていよう。髪も蓬髪で聊か後頭部が怪しくなっている。月代を剃っていた世代ではない

長崎異聞 28

 橘醍醐は官吏でもある。  しかし幕臣としての報恩も忘れない。  代々が旗本の家柄であり、…

百舌
4週間前
8

長崎異聞 27 I 一陣の風のように

 敵は四人。  その辻に雪隠詰めになっている。  その四人は、墨の如くに漆黒の官支給の軍服…

百舌
1か月前
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長崎異聞 26 I てのひらの恋

 橘醍醐は、政治も分からぬ。  女心の理解など、雲の上だ。  彼の周囲はキナ臭くなった。 …

百舌
1か月前
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長崎異聞 25 I 暗々裏

 円卓に地図が開かれた。  清国の地図ではあるが、細密さに欠けて、かつ空白の地域も多い。…

百舌
1か月前
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長崎異聞 24 l 暗々裏 #青ブラ文学部

 橘醍醐は武士である。  政治には興味がない。  然しながらその政治が彼を翻弄している。 …

百舌
1か月前
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長崎異聞 23

 会見は縁側で始まった。  慧と光る眼光の鋭さたるや、槍衾の如くであった。  その双眸に射…

百舌
2か月前
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長崎異聞 22

 蔵六の声は、誰に向けたものか判らぬ。  しかるにつんと臓腑の奥に降りて来る。  ソファの背にゆっくりと背中を沈めながら、独り言のように呟いたのだ。  日の本を清から護るためよ、と。  橘醍醐の腕にかかる桃杏の指に、ぐっと力がこもる。この姑娘は日本語を解する。醍醐だけが、彼女の心根の毒気を肌身で感じている。 「日の本はなぁ、まだまだ未熟だ。懐も寂しいものだ。だから知恵が要る。他人の褌で土俵に上がるしかないのよ」  彼はいう。 「それでな、先にも言ったが、グラバー卿に大浦お慶女