機能性食品バナナ

バナナは熱帯アジア原産で、主食作物としてアフリカに広がり、やがてスペイン人の手でカリブ海に到達した。その後はサトウキビプランテーションの奴隷労働者として連れてこられたアフリカ人と一緒に中南米に広がっていった。19世紀になってアメリカ人資本家がサトウキビ畑に植えられていたバナナをサトウキビのようにプランテーションで栽培し始めた。アメリカの大資本ユナイテッドフルーツは未成熟で収穫したバナナを鉄道や輸送船団でアメリカ本土に運んで販売するメソッドを確立し、それまで主要な輸出作物を持っていなかった中米に「バナナ帝国」を築きあげた。

そういうわけで、バナナと大資本は切っても切れない関係にある。そして、バナナが当たり前の果物になった20世紀初頭、バナナ企業はバナナの販売促進をする必要を感じて、健康食品としてアピールする戦略を考えだした。19世紀後半の病原菌の発見以来、「衛生/清潔」が注目されるようになり、アプトン・シンクレアのルポ文学「ジャングル」がルーズベルト大統領を動かして食品衛生法が施行されたりで、食品衛生がホットなテーマだったので、まず「自然が無菌状態でパックした手軽に食べられる安全な食品」をアピールした。衛生的で安心だから子供のおやつに最適というわけだ。

加えて栄養面もアピールすれば、さらに親にアピールできると、バナナ企業は栄養学者や医師にアプローチして、バナナの優れた栄養についての研究を依頼した。

この戦略はヒットして、バナナを離乳食に使うことを勧める小児科医も出てきた。なるべく早い時期にバナナ離乳食を始めれば赤ちゃんが夜泣きしなくなるという医師の話に新聞記者が飛びついた。夜泣きに悩む親も飛びついた。

そしてそこに当時は子供の成長不良の病気だと考えられていたセリアック病をバナナ食で治療したハス医師が登場した。セリアック病は遺伝病で、当時は全く謎の病気だった。子供たちがバナナ食でみるみる元気になると、バナナはスーパーフードだと認識されるようになった。

糖尿病治療にバナナ食を試した医師が、患者が劇的に痩せたと報告すると、今度はバナナダイエット・ブームが起きた。

以上は「さらば健康食神話」第一章のグルテンのウソに書いてある。

結局第2次世界大戦でバナナ輸送船団が徴用されてバナナの供給が滞って、さらに大戦末期にセリアック病がグルテンによって引き起こされていたいたことがわかると、アメリカのバナナ熱はすっかり冷めてしまうのだが、バナナがミラクル・スーパーフードだったころの記憶は今でも何となく残っている。

日本でも時々バナナダイエットが話題になるし、みのもんたの番組の翌日バナナが売り切れたこともあった。私自身もバナナがゆで離乳食というのをなぜか覚えていて長女はこれでうまくいったものの、次女が軽いバナナアレルギーで離乳食失敗してしまい、主治医からうまく行っていないなら断乳した方が良いと言われてしまった過去がある。

「さらば健康食神話」で「バナナはただのバナナだった」と締めのフレーズを訳して打ち込んだ時には昭和の日本人がバナナに寄せた思いなども考えてちょっとセンチメンタルな気持ちになったのだが、本の出版と前後して、バナナが機能性表示食品にというニュースを聞いて、びっくりしてしまった。

機能性表示食品のお墨付きを取得したのは中南米のユナイテッドフルーツのチキータではなく、ハワイから始まってフィリピンにプランテーションを展開しているドールだが、バナナよ、お前は健康食の肩書を捨てる気はないのだなと軽くため息をついてしまったのだ。医食同源と言う言葉はあるが、同源であって、イコールではない。どんな食品にも役に立つ栄養素は含まれていて、体は必要なものを必要な時に取り入れるのだ。

別にバナナは嫌いじゃない。むしろ好きな食品で、良い栄養素が入っているのも知っている。だけど、栄養のために食べているとなってしまうのは、バナナにとっても食べる人にとってもあんまり幸せな結果に繋がらないような気がするのだ。

ちなみにセリアック病がバナナで治るわけではないとわかってから、アメリカではセリアック病に対する興味もすっかり薄れてしまい、患者は診断と治療法を求めてさまよい歩く結果になってしまっているという。言うなれば健康食品バナナと一緒にセリアック病患者も消費されて忘れられてしまったのだ。

日本の機能性表示食品も昔のアメリカのバナナのように次々と「論文じゃなくて広告みたいだ」と評されるような論文を生み出さないといいのだがとそんなことを思っている。


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