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濱田祐太郎さん、ずるいよ、お笑いはユニバーサルってことを、ゴールデン放送枠で伝えてしまった。

私は今、これを書きながら、ぞくぞくしている。おかげでこの文章の構成が支離滅裂になりかけている。大丈夫か、わたし。早く寝たい。

(↑ツイート、名前の漢字間違えててすみません、、注意欠陥が平常運転)

多分私の手元が落ち着かないのは、この自体に興奮をしているから。

エンタメの歴史が、変わってしまったし、世の常識が変わった。

私は自分のインクルーシブデザイン周りの活動をしていても、実はあまりこういう感動とは出会わないので、こういう記事を書くときに、興奮しながら書いたりすることはほぼない。でも、この濱田祐太郎さんの存在には「やられたー!ずるすぎ!!何この人!!!」と衝撃を受けずにはいられなかった。

この衝撃の背景を、多くの人に伝えたい!と思うので、彼の笑いの価値を、この勢いのまま、ここで書いてみたいと思う。見えない世界には笑いの可能性が埋め込まれている。

ほとんどの人が彼のことを知らないだろう。で、私みたいな仕事をしていると詳しいでしょ、という期待をされることもあるんだけど、大丈夫、私も大して知らない!(笑)ので、等身大で、私が知っている限りのことと、彼のネタから、彼の凄さをお伝えしたい。


見えない世界と一般世界との齟齬が生み出す笑い

お笑いが好きな方は、彼の活躍をご存知な方もいるかもしれない。おそらく最初に少し認知が広がったニュースはこれではないだろうか。

盲目の漫談家・濱田祐太郎 NHK新人お笑い大賞は「初めて知った」
https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/791074/

昨年のNHK新人お笑い大賞に登場した全盲のお笑い芸人。ただ、今回ほどあまり話題にはなってなかった。

とはいえ、今回はR-1だ。どれだけお笑いに疎くとも、見る人は見るし、毎年優勝者はニュースになる。早速R-1放送後は、彼の名前で検索すればニュースがたくさん並んだ。

さて、本題に入るが、彼の笑いはただただ漫談するだけだ。彼の一人語りが続く。ネタとしては至ってシンプルだ。彼の見えない経験から生まれる、周りとの齟齬がすべてだ。普段、見える人から言われる素朴な言葉が全てネタだし、周りとのコミュニケーションは彼の餌食になる。見えないのに、聞かれること、とか。逆に、見えないあるある、とか。そういう話が展開される。お母さんとの日常の齟齬もなかなか笑える。詳しくは番組でのネタを見てほしい。

例えば、車運転したことある?と尋ねられた話が漫談で出てきたが、つい聞いちゃう場面も想像つく。実際に私もインクルーシブデザインワークショップ中にそういう質問している人がいたな、と思い出してしまった。その時も、「そもそもぼく法律上免許とれないんだから、運転するわけないですよ!!!」とその子は全力でつっこんでいた。そりゃそうやん、と、もちろん周りも爆笑だった(笑)

これらは、「見えない立場の自分の"あたりまえ"」と、「その他一般人の"あたりまえ"」の齟齬をシンプルに狙った笑いだ。

ある側面から見れば、芸人さんがハゲで自虐ネタを生み出す構造にも近い。いや、ほぼ同じだ。


当たり前だけど、見えないひとのほうが人口比率として少ない。見えているひとのほうが笑っている数は多いのだ。つまり、「その他一般人の"あたりまえ"」の立場の人が多い。その人の"あたりまえ"は、結構その一般人の我々にとって、遭遇すれば実は気になる素朴なことばかりだ。それに、その素朴な疑問はなかなか拭える機会もなかなかない。

仮にその素朴な疑問を聞いてみようとも、そうしたコミュニケーションは、本来はタブーにされがちだ。少し年代の上の方には、障害者には優しく、配慮されて当然、という方も中にはいる。かたや「支援する人」というラベルが強くつくと、例えば、「ケータイってどうやってつかってるんですか?」とか、「服を選ぶ時どうしてるんですか?」とかいう素朴な生活のことも、「こんな素朴な疑問を聞いたら失礼かな」と思ってしまうものだ。

でも、こういう素朴なことこそ知ってもらったほうが良いはずなのだ。そのほうが、私たちの日常の営み方がただ違う人だと知れて、その営み方の工夫がまた面白くて盛り上がる。そこにあたりまえの関係性が生まれる。

とはいえ、そうした素朴な疑問を知ってもらうために、福祉の講演会とかでやってもあまり意味がない。もはや「素朴ではなくなる」という感じすらある。なぜなら「わざわざ知りに行こうと思わない情報だから」。視覚障害のある人でも、マサイ族の人でも、誰でも良いけど、あるラベルから語ろうとすれば、そのラベルのひとに興味が強くある人しか、情報は取ってくれないのだ、当たり前だけど。そしてこれは障害者に限った話でもなく、よくあるある話だ。

で、そんな中、すごいのは、今までってタブーにされがちだった話で、かつ、一般人にとっては「気になるけどそれほど自分にとって重要ではない情報」が、ゴールデン放送枠で一気に笑いとして多くの人に届いてしまったことだ。

彼はゴールデンの時間帯に登場し、そのタブーっぽいものをなんらタブーだと思わせず、彼の日常エピソードに対して、激しいツッコミをしていた。点数を見ても、もう言うことはないだろう。圧巻だった。

笑いは、本当に幸せをもたらすなどしみじみ感じた。

写真:濱田さんだけ、審査員全員が点数を入れていた。

好きなことはシェアできるし、好きなことで生きていける

とはいえ、全盲のお笑い芸人の歴史は、今に始まったことではない。例えば落語家さんには全盲の方がちらほらいたりする。それでもR-1で優勝する意味は、圧倒的な注目度だと思う。SNSでも話題が止まらない。個人的には落語も好きだけど、この19時〜21時の時間帯で話すことで、あの彼の日常に笑うということができた人が多くいたはずだ。

それ以上に、彼の功績は、笑いは誰しもに共通である、というメッセージを放ってしまったことだ。あたりまえだけど、ここには大きな見えない壁があると思っていて。

音楽だって、絵画鑑賞だって、もちろんデザインもそうだ。どれも誰にでもとって、共に楽しむことができるコンテンツだ。そしてそれをさらに知らしめる活動はたくさんでてきた。でも、彼がゴールデン放送枠にしれっと登場し、優勝してしまったことは、「過去にもあるそういう活動」とはわけが違うと思っている。お笑いがなんとなく好きな人たちに、しれっと登場してしまった、という彼の登場の仕方がずるい。あの佇まい、ずるすぎる。


インクルーシブデザインワークショップでは、素朴な疑問から生まれるツッコミが多く生まれる。「困りごとはなんですか?」とストレートに聞いていたら多分生まれてこない。一緒に見るものがあって、その見方の違いをお互いに知る過程に、そうしたツッコミが生まれている。それは「なにかを一緒に生み出す」という理由をもとに、お互いの世界をシェアする過程だ。理由があるから、知らない世界をしった新鮮さも遠慮なく感じられて、リードユーザー(そのデザインのプロセスに気づきを与えてくれる(リードする)存在。見えない人とか、車椅子ユーザーとか、テーマに応じて協力してもらう)と参加者やそのプロダクトのデザイナーの関係が一気に近くなる瞬間を感じる。

似たようなこととして、番組の中で、濱田さんの先輩芸人の方が「R-1ぐらんぷりの"ぐらんぷり"がひらがななのも知らんかったやろ?」と言われるくだりもあって、濱田さんも「初めてしった!w」と言っていたけど、こういう違いを楽しめている瞬間が垣間見れたのも、とてもよかった。

「好き」とか「大事にしているもの」「面白いと思うこと」が共有できれば、障害の有無は大したハードルではない。そういう確信を得られる番組だったと思う。


障害のある人がマジョリティになる番組も多くある。それぞれとても意義がある。でも、多分、立場の違いより「興味の違い」で人のコミュニティができあがっているこの時代において、多分その手法もだんだん過去のものになるのだろうと思っている。つまるところ、「障害者雇用枠」とか、言ってる場合じゃない。こうやって時代が変化してくのだなと思うとぞくぞくした。時間はかかるだろうけど。

見えないからお笑い芸人になれないし、なんならR-1で優勝できない、という時代でもない。テクノロジーの進歩のおかげで、濱田さんのような面白い人をSNSを通じて知った人もいるだろうし、私のこの記事も、その流れにのせて、誰かに届けたいと思ったので、なんとかここまで書ききった。

早々に、見えないWebデザイナーとか、車椅子の建築家とか、ADHDの生活アドバイザーとか、当たり前になるだろうと思うし、もういるだろうとすら思う。ただ、まだまだマイノリティなだけだ。注目され、そしてされ続けて「日常」になっていく。そういう過渡期がやってくる。


私たちはようやく、障害の有無関係なく、その楽しさや価値を共有できる時代を作りはじめている。「私たち」というのは、障害当事者だと思っている人も、そうじゃないと思っている人も、だ。そういう人たちと、次は違いがそこにあることがあたりまえな時代をつくっていこうじゃあ、ないですか。どうでしょうか。


伝われ!この興奮!!


あ、最後に書き忘れていたことが1つ。


濱田祐太郎さん、優勝おめでとうございます!!!


追伸:にしても、見えない人は語りが上手い人が多いと思う。引きつける語りがうまい。ただ、話は長い人が多いとは思っていて(笑)。一方で、その人に遠慮しない語る力が、すごく活かされる仕事は、もっとある気がする。濱田さんはオールナイトニッポンとかで語ってほしい。そういうディープなネタ、お持ちだろうか。これからも応援しています!

さらに追伸:ここでは書いていませんが、彼のネタの構成は上記に限ったことでなく、とてもお客さんに優しい構成になっていることもよくわかります。そして、彼がテレビ番組にどんどん登場したら、テレビ番組の作り方がより優しくなっていくのかなあと思うと、新しいテレビの時代もくるのかなあと妄想しています。これを生かせなかったらただの損失だと思う。

追伸その3:「ゆうたろう」の字を全力で間違っていたので修正しました涙 そして誰にも指摘されてなかったので、みんな見えてないもんだなと思いました!(うまいこという‥?)

#日記 #エッセイ #デザイン #お笑い #Collable #濱田祐太郎 #インクルーシブデザイン

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山田小百合 / さゆちゃむ

Collableの代表の人。インクルーシブデザインの普及を通じて、障害のある人などの多様な人が集い価値を生み出せることが当たり前になるべく仕事しています。ワークショップのしごと多め。古着とラーメンズがすき。Collableについて→ http://collable.org/

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Collableの中の人たちの、日々の活動記録と、Collableで見つけたあれこれの話。インクルーシブデザインのあれこれ、遊びが優しく紡ぐ多様性の話、非営利組織デザインの裏側などをあれこれ書いてます。 NPO法人Collableについてはこちら→ http://colla...
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