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【無料公開】水野しず『正直個性論』/序文(今から常識では考えられないほど正直な個性の話をします)

 ミスiD2015グランプリを受賞後、文筆やイラストを中心にマルチに活躍する水野しず。2023年4月に初の論考集『親切人間論』を発表し、生活の些細な瞬間に根ざしたオリジナルな問いを深め、饒舌かつ鋭く切り込む無二の書き手として注目を集めています。
 今回テーマとするのは「個性」。noteでの連載マガジン「おしゃべりダイダロス」で好評を集めたエッセイに大幅な加筆修正を加え、『正直個性論』として5月末に刊行します。
 刊行を記念して、序文を無料公開! お楽しみください。


序文(今から常識では考えられないほど正直な個性の話をします)


 正直なことを言います。というか、この本は徹頭徹尾「個性」に関して正直なことしか言うつもりがありません。と、前置きしたところで、本書も市場に流通している商品の一端ですから、読者としてはある程度手心や手加減が加えられているものだろうという含みを抱いたままページをめくるのかもしれません。
 
 ぜんぜんそれで構わないのですが、その場合電撃を浴び続ける感じになるかもしれません。そうなった場合、それは浴びた方がいい電撃ですからどんどん浴びてください。歯医者さんが治療中に言う「これは出した方がいい血ですから」と同じジャンルの話です。電撃ですから、ある程度のショックは受けるかもしれませんが、いい電撃なのでその点は安心してください。むしろ、読後は「この電撃、もっと早く浴びておきたかったなあ」と思っていただける地点を筆者として目指しております。
 
 なんでかというと、それは、この本の最大の目的がビジネスではなく「電撃」だからです。もちろん出版する覚悟を決めた以上はビジネス目的も当然あるのですが、ビジネスで個性の話をするのでしたら、わざわざ電撃なんか浴びせない方がいいに決まっているでしょう。
 たとえば著者のつらすぎない程度に暗いエピソードで読者の感情に訴えかけ、共感を呼び込み、表面的にリアリストっぽい雰囲気の口調で語りかけたのち、最終的に前向きで、明るい、希望に満ちた、やる気とか出そうな、励ましの、自己肯定感を高めてくれるようなことを言う、そういう類型的なことをやった方がビジネス的には成功しやすいと思います。しかし、そんなことをするつもりは一切ありません。そういったビジネスライクな個性論を撲滅、壊滅、衰退、滅亡せしめんがためにこの本を書いているからです。
 
 どうしてそんなことをするのか。
 
 それは、個性に関しては誰もリスクをとってまで正直なことを言わないから。その結果、誰にとっても得がない虚空を目指して不要な精神の後退をし続ける狂おしい人々の、絶望ともののあわれに満ちた「がんばり」を見つづけるようなことになってしまい、こんなのもう本当に耐えられないと全身が張り裂けるほどの煩悶に襲われたからです。
 「個性」、的なるものへのひどく単純なたわいもない憧憬が、人間を手ひどく阻害している。ある人間の魂が必然の中で著しい激情を味わい、人間的な喜びへ到達する、自力で模索していくしかない重要な過程を全方位的に塞いで侵害している。その方が無難だから、くらいの理由で。
 
 いや、昨今はあんまり「個性」とかいう言い方もしなくなってきているかもしれません。そんなに露骨な言い方で欺瞞のストーリーに巻き込まれていけるほど、人々は自分の人生が自分の手でどうにかできるという実感を抱けていないのですから。
 でも、やはり一人の人間をガラスケースの中で「自己実現」という名の虚飾にまみれた悲壮な狂騒に駆り立てる脅迫的な価値観は、いま、我々が生きる世に溢れています。「個性」だとか以前ほど表立って言われなくなった分、それに対する信仰と執着はますます不可視になると共に過激化しているのではないかと思えるほどです。
 それは例えば、「多様性」だとか、「自分らしさ」とかの「特にがんばっていないけど生まれつき宝石でした。そうでない人はごめんなさい」という、より残酷な思想を暗に含んだ表現によって人々をある方面に、常に脅迫的に駆り立てています。そういうことを言う(主に広告代理店やインフルエンサーの方なんかが多いと思うのですが)主体は、人の幸せのことや、人間にはそれぞれ限られた人生の時間があり、それを全力でまっとうした後は全員死んでいくしかない、みたいなことを全く理解していません。
 彼らは目の前の人の人生なんかに興味ありません。今、この瞬間の人間の心を拘束し、コントロールし、少しでも自分の評判や生存が瞬間的に有利な方向へ突き動かしていく、原初生物的発想しかありません。別にそれはそれでいいんですけど、なぜならそういうことをやっている人々も、それはそれで生きるために必死でやっているに違いないからで、それを邪魔する権利も誰にもあるわけではないのでいいんですけど、でも、誰も何にも言わずにただただ黙って、希望やまだ知らない世界への興奮に満ちた命が底知れない虚無の底のようなただただ光のない穴に、音もなく、
 
スーーーーーーーッ、
と落ちていくのを、
それも無数に、次々に、
まるで種全体として滅亡を希求するように、そうしていくのを 

誰も、
何も、
言わずに、
見ているんですか?
 
それは、果たして
人間としてふつうに人間として
どうなんですか?


 と、筆者としてはこのような、崖から落ちながらものごとに対峙するような強靭な心構えがありますから、遠慮なくバリバリと、もう、縦横無尽に電撃を浴びせにかかれるというわけです。どうですか。読みますか。読むのも読まないのも自由です。


 自由に選んで、死に至るまでできる限り必死に生きるしかないのだから我々は


左右社HP

https://sayusha.com/books/-/isbn9784865284126

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