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次郞長、八百ヶ嶽の窮境を救ふ/町田康

【第45話】「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』が、町田版痛快コメディ(ときどきBL)として、現代に蘇る!! 月一回更新。
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 恋の恨みで密告したコン吉を制裁して気が済んだ次郞長は三河を去り、気儘なやくざの旅に出て尾張の知多郡、大野村にやってきた。伊勢湾に面して活気に満ち、海運業も盛んな土地である。ということはどういうことか? そう、金と物と人が溢れているということである。ということはどういうことか? そう、娯楽に満ちあふれているということである。そして当時の娯楽と言えば? そう、演劇と売春と賭博である。
 という訳で大野村に足を踏み入れた次郞長は、当たり前のように博奕場に直行した。
 ここでも次郞長は顔である。博奕宿の前に立った途端、
「あ、これはこれは清水の兄哥ぃ」
 と若い衆が頭を下げ、
「ようこそいらっしゃいました」
 と言う。次郞長は内心では、えへへ。俺も顔が売れてきた、と満更でもないが、ここで、「いえいえこちらこそお邪魔します」などとヘコヘコ仕返したら、芸人か商人、そこは平静を装い、
「おほほ、今日は遊ばせて貰うぜ」とかなんとか、納まり返って、トントントン、と二階へ上がっていく。
 二階へ上がると博奕場、上がり端、手前の座敷のところに帳場があって、代貸の何某が座っていて、次郞長に会釈をする。酒、田楽、寿司のようなものが用意してあって客に振る舞われている。みなあまり口をきかないが青い顔をして、落ち着かない様子の奴がいて、「はは、さては大負けしやがったな。馬鹿な奴だ」と次郞長は思う。
 その奥。百目蝋燭に照らされた座敷には畳の上に白い布を敷いた盆茣蓙が設えてあって真ン中に壺振りと中盆が向かい合って座り、丁座と半座に別れて合計二十人程の客が座って大きなイタズラをやっている。
「へっ。やってやがる」
 と駒札を受け取らせてもらった次郞長、内心に漲るものを感じながら丁座の、商人風の男と旅の僧の間に割り込んで勝負に加わった。

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