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一、家督相続――根強く残る旧制度
もう今から数十年も前になる。大学院生だった私が休暇で帰省したときだった。親と同居している三歳上の兄が、結婚して二人目の息子を持ったばかりだったが、実家の居間で私の正面の父のソファに座り、会話の流れに関係なく突然に「婿に行くことなど考えずに…」などと私に話しかけてきた。私は思わず吹き出してしまい、「そんなこと、誰も考えてないよ」と即答したので話はそこで終わってしまった。
そのおためごかしの言葉と
二、選択的夫婦別姓――私は当事者だ
述べてきたように、私の両親は婿養子縁組みで、父が結婚によって母の姓を名のった。それは旧民法下の制度を前提としていた。民法改正後は、現在に至るまで、結婚の際にどちらの姓を名のるかは当人同士の選択である。また、その選択に関係なく、親の財産相続は子同士では対等が原則である。
しかし、兄の意識の中では、〈姓の選択〉と〈相続権〉とはワンセットと考えられていて、〈婿入り〉による〈改姓〉は、そのまま〈相続権
三、兄のこと――負のエピソード集
兄弟だから、兄と私は幼い頃はお互いに依存し合ったり思いやったりしたこともあったが、しかし、私には、子供の頃から兄にはひどくいじめられた記憶が多い。ほとんど常に、兄は私に意地悪く乱暴に当たった。私は、兄に対して警戒心を抱くことが、何よりも優先したのだ。
子供は、一人っ子の時は家庭内で唯一絶対の王子様、王女様だが、下の子が生まれると特に母親が下の子に手が取られるようになるので、愛を奪われた形の上の
四、兄の死――遅れて届いた訃報
実は、これらの文章を書いている途中で、兄が数年前に死んだという話が伝わってきた。一瞬、現実感がなく、遠い世界のできごとのように聞こえたが、やがて、ゆっくりとその言葉の意味が理解できるようになった。
私に直接その話を教えてくれたのは、別の用件で訪ねてきた従妹だった。その情報ルートと、死因が膵臓癌ということなどから、それはほぼ確かなことと判断できた。
膵臓癌は、母方の祖父と母の死因であり、私も定
五、兄の影響――絵の悲しみ
県南の小都市には、たぶん私が三、四歳頃に転入し、六歳になって幼稚園に入ったけれど、父の転勤でその年の前半で幼稚園を「中退」して県庁所在都市に転居するまでの二、三年ぐらい在住していた。その期間の前半は、農家の二階に間借りしていて、そこの馬小屋で蹄鉄の交換作業を見ていた記憶がある。
その小都市に在住していた期間の後半は、町中の住宅の二階に間借りしていたが、家の作りからするとやはり農家ではなかったか